最近は輸入物の食品もスーパーなどで簡単に手に入るようになり、またメニュー価格の安さを売りにしている飲食店などでは、材料費を抑えるために積極的に輸入物の食品を仕入れています。そのため、日本人の食生活において輸入物の食品はもはや欠かすことのできない存在になっています。
一方で輸入物の食品は、国産の食品に比べ、出荷から実際に消費者が口にするまでにより長い時間がかかることが多いため、食品そのものの衛生状態に大きな影響を及ぼすことがあります。
このような食品の衛生状態の管理において、特に海外でかねてから重視されている「HACCP(ハサップ)」という方式が近年日本においても注目度が増しており、現在ではHACCPに関する法改正も検討されています。ここではそんなHACCPの詳細や、この方式を食品衛生管理の現場において導入する前と後での違い、海外と日本におけるHACCPに対する考え方の現状などについて解説します。
HACCPとは?
HACCPとは「Hazard Analysis Critical Control Point」の頭文字をとったものであり、「危害分析重要管理点」という意味で訳されます。この方式が食品の衛生管理において重要であることは先に述べましたが、そもそもこのHACCPの概念や基準は、1960年代にアメリカで宇宙食の安全性を確保することを目的として考案されたという背景があります。
一方、このHACCPは国際的な食品流通がより活発になり、世界各地で発生している環境汚染や、微生物が食品に及ぼす安全性の低下が懸念されていることを発端としていま注目を集めています。つまり世界中の多くの国々で、食品の安全性を確保するための衛生管理体制の強化が図られ、多くの人に知られるようになった、という事実があるのです。
そのため、今日においてHACCPは、国際的な衛生管理の手法として多くの国で採用・順守されており、私たちが普段口にする輸入物の食品の安全性の確保にとっても一役買っています。
また、食品を取り扱う業者が食品管理でHACCPを活用する際、HACCP認証を取得するのが一般的ですが、このHACCPは特定の(1つの)団体が管理しているわけではないため、食品取扱業者はさまざまな団体からHACCP認証を取得することができます。特に日本においては、厚生労働省や地方自治体、業界団体、民間審査機関などから取得できるようになっており、HACCP導入の際は近隣にあるそれらの団体・機関を探してみる必要があります。
HACCP導入前後における食品製造方法の違い
続いては、食品の製造業においてHACCPを導入する前の安全管理体制と、HACCPを導入した後の安全管理体制にどのような違いが生じるのか、という点について解説します。
HACCPが導入されていない一般的な食品の製造業においては、製造したすべての商品の中からランダムでいくつかをピックアップして検査し、製品の安全性を確保するため品質をチェックして安全性の維持に努めています。このような検査は定期的に行われるだけでなく、万一異常が確認された場合は、その前後に製造された大量の商品をまとめて廃棄することもあります。こうして消費者に異常のある商品がいきわたらないようにしているため、消費者に健康被害などが及ぶ可能性は極めて低いといえます。
これに対し、HACCPを導入した後の食品製造における検査は、完成した商品に対してだけでなく、調理された原材料が最終的に袋詰めされるまでの工程の中でも行われ、特に異常が発生しやすい複数のポイントで検査されるため、より異常を発見しやすくなります。
またHACCPを基準に安全管理を行った場合、異常が発見された時点で製造を中止することもできるため、HACCPが導入されていないケースで生じがちな製品の大量破棄も防止できるという生産者側にとってのメリットもあります。
海外でのHACCP義務化の状況
HACCPは国際的な基準なので、その実情に関しては日本国内だけでなく、海外にも目を向けなければなりません。特にHACCPを義務化している国と、そうではない国が世界中に点在しており、その状況も知っておく必要があります。
HACCPを食品の衛生管理において特に重視しているのがEU(欧州連合)です。EU加盟国では、一部の小規模事業者を除くすべての食品生産、加工、流通事業者に対し、2004年からHACCPの導入を義務づけ始め、2006年には例外なくHACCPの導入を義務化することに成功しています。
またHACCPが誕生したアメリカでは、1997年より水産物や食肉などを対象とした限定的なHACCPの義務化が開始されました。そして2011年に食品安全強化法が成立したことにより、HACCP義務化の対象範囲はさらに広くなりました。そのため、現状では米国において例外のないHACCP義務化の実現は時間の問題だといわれています。
さらにカナダ、オーストラリア、韓国、台湾、香港、インドネシアなどの国々でも限定的ではあるもののHACCP義務化は開始されており、世界的に見てもその対象範囲は今後もさらに拡大することが予想されます。
日本でのHACCP義務化はいつ?
世界的に目覚ましい普及を見せているHACCPですが、一方で日本においてはその義務化も含めて後手に回っているといわざるを得ないのが現状です。特にHACCPを導入することによって生じる製造工程の変更や、新たな検査システム導入にかかる費用などは、事業者にとって大きな負担になるとの声が絶えません。そのことがHACCP義務化の大きな障壁となっていることは明白なため、2018年現在、国内におけるHACCPの導入は任意となっており、食品製造業界における導入率は全体の30%(3割)程度という調査結果も農林水産省から報告されています。
このように、世界的に見ても遅れをとっている日本国内のHACCP導入。現状を危惧する声も上がっており、具体的な法改正のための取り組みはかねてから行われています。2018年5月現在、政府は国会において、すべての食品事業者にHACCP導入を義務づける食品衛生法改正案を提出しており、国内におけるHACCPを取り巻く環境はまさに変わりつつあるといえます。
また、例外のないHACCP義務化に対する国会の動きが顕著になった背景として、2020年に開催される東京オリンピックが念頭に置かれているという事実も忘れてはいけません。特に夏場に開催されるオリンピックは、その期間中に食中毒などが発生してしまうことも十分考えられるため、その対策としてHACCPの完全義務化が急がれていると考えることもできます。
またHACCPが義務化されると、特に中小の零細企業などにとっては、必要となる新たな検査システム導入などにかかる費用が死活問題となり、大きな負担になることが考えられます。そのため、国内におけるHACCP義務化には、それにより生じる副次的な問題も多く伴うため、国会はそれらの解決も同時にはかることが求められます。
HACCP義務化前の準備が大切
ここではHACCPの詳細と海外における義務化の現状、および日本におけるHACCPの現状と将来的な展望について解説しました。
輸入食品が身近になっただけでなく、食の安全性への不安を煽り立てるような事件が国内外で頻発する昨今において、HACCPの重要性はより高まっています。またHACCP義務化は世界的に見れば珍しいものではなくなっており、この基準が世界中のどこにいても安心して食事ができるための国際基準となることは、もはや時間の問題です。
一方その導入において遅れをとっている日本でも、東京オリンピックを念頭に置いたHACCPの義務化が急がれており、その実現もまた時間の問題といえます。そのため、特に中小の企業などは義務化実現に伴って生じることが予想される金銭的負担などを軽減するためにも、今のうちから義務化前の準備を実行していく必要があります。
制作:工場タイムズ編集部