1950年代にデンマークで始まり、近年はオランダ式が有名な「植物工場」。温度や湿度などを最適に管理し、安定的な供給ができる「未来の農業」は、日本では2009年から2017年までに工場数が6倍に増加。昨年末には大手コンビニチェーンが国内に専用の植物工場を導入するというニュースも話題になりました。
一方、原価が高く、また工場の乱立により競争が激化。その結果、多くの植物工場が閉鎖を余儀なくされているというニュースも。はたして植物工場は本当に「未来の農業」となりえるのでしょうか?
今回工場タイムズは、神奈川県・新横浜をはじめ全国各地に植物工場を展開し、装置の設置から野菜出荷まで一貫した事業展開を行う「株式会社アグリ王(以下 アグリ王)」にお邪魔して、新しい製造業の形を取材してきました。
建設会社が植物工場を運営? そこには偶然が偶然を呼ぶ出会いが
アグリ王の運営する植物工場は、神奈川県横浜市内でも比較的新しいエリアである新横浜駅の近く、同社の親会社である建設会社「奈良建設株式会社(以下 奈良建設)」のビル内にあります。
中に入ると、広いフロアの一角に壁で仕切られた大きな部屋が。少しピンクがかった紫色が妖艶に光るガラス張りの窓の向こうには、たくさんの野菜が元気に育っているのが見えます。
一見怪しげに映る紫色の光。けれど不思議なことに、その光の印象は不快ではなく、むしろ気持ちが落ち着く感じがします。これが植物工場か! という驚きと同時に、ある疑問が浮かびました。
『建設会社がなぜ植物工場を運営しているの?』
「植物と工場」「農業と建設業」結びつきのなさそうなこれらの組み合わせで、はたして事業が成立するのでしょうか?
そこでまず、アグリ王という会社がどのような経緯で設立されたのか、同社の取締役であり奈良建設の顧問、そして株式会社大喜コーポレーション社長、と一人三役を兼任されている仲里一郎(なかざといちろう)さんにお話をうかがいました。
「十数年前、私は奈良建設の社員として神奈川県内の遊休地(有効活用されていない土地)を活用する事業モデルを探していました。これから植物工場に可能性があると考えた私は、大手ゼネコン企業と合同で大規模な水耕栽培工場を設立し、3年ほど出向したんです。
出向期間が終了すると私は独立し、建設とは全く異業種の食関連の会社を作りました。横浜で地元の野菜を扱うマルシェ『驛(うまや)テラス』を始めたんですね。すると、たまたまマルシェの裏にあった、LED野菜製造機器の開発・販売会社「株式会社キーストンテクノロジー」の方がお客さんとして来てくれて。
彼らの赤と青、白が混ざったLED電球システムで作った植物工場の野菜を見せてもらうと、以前水耕栽培で野菜づくりにトライした時、苦労した野菜の発色、特に赤がとてもキレイに出ていて。味もすごくおいしい。
さらに安全面や衛生面もクリアできるし、これなら遊休地活用事業としてもいけるんじゃないかと思ったんです。そこで独立後も仕事をしていた奈良建設に提案して、関連会社としてアグリ王を立ち上げることになりました」
植物工場の運営経験のある仲里さんが開いた野菜マルシェの近くに、LED野菜製造機器の開発会社があったという、まさに偶然と偶然が重なった運命の出会い。
その出会いを仲里さんはさらに、「遊休スペースの活用」という課題をもつ奈良建設とマッチングさせたのです。
新鮮で色鮮やかなだけでなく、清潔でおいしいLED野菜
こうして始まったアグリ王は現在、サラダ野菜であるレタスなどの葉物や、ルッコラやバジルといったハーブ類、さらに昨今人気急上昇中のエディブルフラワー(食用花)を中心に栽培・展開していきます。
生育は野菜の種類によって異なりますが、中でも早く育つレタスは、種まきから約5週間で出荷できるのだそうです。
目の前に並べられたLED野菜の印象は、とにかく新鮮で綺麗。ルッコラを試食させていただくと、味がしっかりしているのにエグみがなく、とても食べやすい。色鮮やかなエディブルフラワーは、口に入れるとフワッとした甘い香りと食感が広がります。
温度や湿度だけでなく、水や風まで徹底的に管理されて育ったLED野菜は、なんとカット野菜と同程度に清潔なんだそう。
「私が運営して9年目を迎えた驛テラスでは、地場農家さんの野菜とあわせてLED野菜のサラダセットを販売していますが、味と品質、安全性などを理解して『これがないと我が家の食卓がさびしいんです』と言ってくださるお客さんが増えてきました」(仲里さん)
なるほど、この野菜を食べれば納得です。
若きリーダーが支える施設設営と運営・生産管理
おいしいLED野菜をいただきつつインタビューを進めていくうちに、また一つ新たな疑問が。
『野菜を売るだけで、事業として成り立つの?』
そもそもアグリ王の「植物工場事業」がどのように成り立っているのか、まだ分かりません。そこで続いて、生育管理から施設の運営全般まで手がけられている、生産技術部主幹の石田健治(いしだけんじ)さんにお話を聞きました。
「大学院まで農業を学び、前職では水耕栽培システムの研究開発をしていましたので、アグリ王には2012年の入社ですが、割とすんなり仕事に慣れることができました。
入社当時はまだ植物工場事業が立ち上げ時期だったこともあり、メイン事業である設備の販売と生育指導、販売支援なども含め、全てに携わらなければなりませんでした。
LED野菜の生育は、温度や湿度などビルの中でも環境を一定に保つ技術が必要で、その調整をするために1日中工場の中にいたり、残業して手入れをしたりと忙しかったですね」
そう語る石田さん。現在取り扱っているサラダ用の野菜やハーブ、エディブルフラワーといった商品ラインナップに関しては、工場設備の仕様をもとに、作りやすくかつ付加価値が高いものから決めていったそうです。
「現在はスタッフも増え、設備を導入していただいたお客さんに安定的な生産をできるよう指導するのがメインの仕事です。
出荷量をショートさせないよう余裕を見て生産計画を立てたり、複数の生産地からバランスよく出荷管理をしたり、という指導を行っています。
人気商品は、3年前から始めたエディブルフラワーです。最近では知名度の高まりとともに注文が殺到していて、生産が追いつかないほどです」(石田さん)
花だから「インスタ映え」もするし、なにより美しくかわいい! とにかく話題になりやすいのが人気の理由なんだとか。
ある大手百貨店では「エディブルフラワーフェア」という、期間中すべてのレストランでエディブルフラワーを料理に添える企画も人気なんだそうです。
「植物工場の設備でいえば、飲食店のわずかなスペースに設置できる『冷蔵庫サイズのLED植物栽培装置』が完成しましたので、他店との差別化や話題性を積極的に打ち出したいお客様にぜひ導入してもらえたらと思います」(石田さん)
工場という場所で、命でもあり食べ物でもある植物を大切に育てながら、設備販売事業者としてお客様のコンサルティングも兼任する石田さん。
現場で激務をこなす若きリーダーの表情からは、大きな責任とやりがいを感じていることが伝わってきました。
競争激化の植物工場事業、生き残りのカギは?
ここまでお話をうかがったところ、順風満帆に見えるアグリ王の植物工場事業。ですが、やはりLED野菜の製造原価は一般の野菜より高くつくそうです。
植物工場事業に参入する企業は2009年頃からの第3次ブームを経て急増したものの、競争激化で工場が閉鎖しているニュースも聞きます。そのあたり、実際はどうお考えなのでしょうか。直球の質問に仲里さんが答えてくれました。
「たしかにそうした現状もあると聞きますが、弊社では野菜の販売をメイン事業としているのではなく、設備の販売・設置から管理運営ノウハウの提供なども含めたソリューションとして事業展開しています。
もともと親会社(奈良建設)は箱(ハード)を売る事業ですが、実はその中身(ソフト)こそが大事だと考えてきました。
その中で出会ったこの植物工場事業は、単に野菜の販売にとどまらず、新しい価値を生む『戦略ツール』と銘打って提案しています。それが結果として奈良建設のブランド力向上にもつながると思っています」(仲里さん)
植物工場という新しい事業モデル、かつ消費者ニーズも日々移り変わる中、アグリ王はどのような今後のビジョンを描いているのでしょうか。最後に、同社の代表取締役社長・徳丸義洋(とくまるよしひろ)さんにお聞きしました。
「これからの時代、マネタリー経済とボランタリー経済のバランスを取れる事業が必要だと思われます。そこで弊社では「農業と福祉」、つまり『農福連携』がそれを解くキーだと考えています。
現在、障がい者雇用施策の一環、また福祉施設として他との差別化という目的で、植物工場を導入している福祉施設が東京に2つ、秋田、群馬の合計4施設あり、その運営をお手伝いしています。
植物工場の運営には種まきから出荷までさまざまな作業がありますが、みなさん得意不得意があるので、多くの方に雇用機会を提供できます。
植物が安全に育つ環境ですから、人間にもいいのは間違いないですよね。種をまき、それが大きくなるという命を育てる喜びも加わるため、精神的に落ち着いて仕事ができる素晴らしい環境だと、お褒めの言葉をいただいています。
また企業などは、障がい者雇用率制度やシニアの方の雇用促進の努力義務があります。そこで社内に植物工場を設置しその管理を委託できれば、そうした雇用創出にも貢献できますし、多くの方に生きがいをもって働いてもらえます。
さらにその野菜を社員食堂で使ったり、社員にプレゼントしたりという福利厚生としても活用できると考えています」
徳丸社長のコメントをお聞きしていると、先に仲里さんが植物工場を「戦略ツール」と評したことのイメージが湧いてきました。
命の育みを事業の軸とする植物工場が、新しい可能性と付加価値を生む。まさに新しい製造業のビジネスモデルに、目からウロコが落ちる思いでした。
そんなLED野菜が欲しい! 食べたい! という方は
細やかな愛情をかけられながら日々すくすくと育つLED野菜は、本記事でご紹介した神奈川県横浜市・関内で開催される野菜マルシェ「驛(うまや)テラス」のほか、東京都内や神奈川県内、インターネットでも購入でき、横浜市内3ヶ所の飲食店でも食べられます(詳しくはアグリ王オフィシャルサイトをご覧ください)。
最先端の技術で育ったLED野菜、皆さんも味わってみてはいかがでしょうか。
「驛テラス Facebookページ」
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取材・文:柳澤史樹/写真:株式会社アグリ王(一部提供)、工場タイムズ編集部