最も過酷な職場のひとつでもある陸上自衛隊の「心理幹部」として、自衛隊員のココロのケアを担当してきた下園壮太さん。
前回は現場で働く人向けに、ビジネスという戦場で「長時間」ではなく「長期間」戦い続けるための秘訣を伺いました。
今回は、現場をまとめるリーダーが知っておくべき「負けないリーダーシップ」についてです。リーダーに必要な「仕事を切る勇気」とは? みなさんの職場で明日から実践できる、そんなヒントが満載です!
勝つことではなく、負けないことが重要
——下園壮太さんは普段から「負けないリーダーシップ」の重要性を説いています。「勝つためのリーダーシップ」と「負けないリーダーシップ」、両者の違いはなんですか?
下園壮太さん(以下、下園):そもそもリーダーシップとは、TPO(時間、場所、場合)で変わるんですよ。なので、様々な状況に応じたリーダーシップが必要になります。
たとえば軍隊になぜ階級があるかというと、戦時下は常に時間がないので「いろいろな意見があるでしょうが、最終的にはこの人が決めます」というスピード感のある判断を下せる人(システム)が、必要だからです。この、「あえてみんなの意見を聞かない」ということが「勝つためのリーダーシップ」です。
現代でいえば、ベンチャー企業が起業したばかりの頃は、このリーダーシップが向いています。短期間でいろいろな決断をしなければならないですし、少人数で情報も共有しやすく、みんな盛り上がっていますから。
しかし、戦時下でもなく、起業したばかりでもない多くの企業が必要としているのは、ビジネスという戦場で「攻め続ける」よりも「生き残る」こと。これが「負けないリーダーシップ」なのです。現場の人たちが疲弊し崩壊寸前という職場は、「負けないリーダーシップ」がうまく発揮されていないのです。
人間関係のケアが、リーダーに求められるもっとも大事な仕事
——とはいえ、実際の現場では納期やノルマがあります。しかもそれが継続的に続いていく。そんな状況で「負けないため」…つまり、部下のパフォーマンスを下げないために、リーダーがするべきことはなんですか?
下園:まずは人間関係のケアです。チームのメンバー全員の疲労度が前回お話した「1段階疲労」(「通常モード」)であれば問題ありませんが、実際は多くの現場でメンバーの疲労度は第2段階にきている可能性があります。仕事への積極性が欠けていたり、部下同士で派閥ができていたり、体調が悪そうなメンバーがいたり…。
疲労によってエネルギーが低下している人は、大義や意義を感じないと仕事に取り組めません。そこに、ただ「やれ」と叱りつけるのではなく、部下のモチベーションを低下させないよう、きちんと仕事の大義や意義を説明することが必要です。
さらに、「僕のほうがあいつより仕事をしているのに」という不満が出てきたときには、その軋轢(あつれき)をこまめにケアし、必要に応じて環境を変えてあげることも「負けない」職場になるために必要なリーダーシップなのです。
「休み」を命じるのも、負けないリーダーの大事な仕事
——そのためには、そもそも部下と信頼関係が築けているかがカギになりそうです。
下園:はい。ただ、その方法論はたくさんあります。一緒に仕事の現場に行くとか、部下ひとりひとりが抱えている事情を把握・理解しておくとか。
たとえばいつも朝ギリギリに出社する部下が、実は家で介護をしていたということがあったとします。その事実をリーダー自身が知っているのと知らないのとでは、大きく違います。その上で、本人に「遅い!」というか、「今日も頑張って来ているね」と言うかどうかでも、部下のモチベーションは大きく変わりますし、部下同士の人間関係でトラブルが起きたときにも、部下それぞれが抱えている事情を知っていれば、ケアもしやすいでしょう。
さらに疲労が第2段階に入っていると、「仕事へのしがみつき」を起こす人もいます。「私はこの仕事をやっているから、ちゃんと今社会に必要とされてるんだ」と、疲労からくる不安感情を、仕事へのしがみつきでごまかそうとしているのです。
もし、部下が疲れているのになんでも自分でこなそうとしているようでしたら、休みを命じるのも「負けないリーダー」の仕事です。
しかし、実際には「そんなこと、俺らにはできない」というリーダーがとても多い。忙しくてとても無理と思っているのでしょう。ですが、リーダーはまずはこれこそが自分の仕事だと認識するべきです。
3分の1の余力を残しておく
——いっぽう、いま多くの現場で人手不足が起きています。物理的な疲労については、どう対処するべきでしょうか。
下園:疲労の第2段階に来ている職場では、私は「3分の1の法則」を提唱しています。
たとえば、5人の部下に5の仕事をさせている状況は職場として正常でしょうか?
——1人に対して1なので、適正だと思いますが。
下園:それが危険な考えなのです。人は常に全力で働き続けると、いつか倒れてしまいます。しかも、病気やトラブルなどのアクシデントによって1人減ってしまったら、残りの4人にそれぞれ20%の仕事が上乗せされてしまう。しばらくは続けられても、オーバーワークが続けば部下の疲労はさらに蓄積され、第3段階にまで到達し、現場は崩壊してしまいます。
大切なのは常に余力を残しておくこと。自衛隊や軍隊ではそれを3割と設定していますので「3分の1の法則」といって、私は提唱しています。
負けないリーダーに求められる「仕事を切る」勇気とは?
——でも実際は、どんどん人が減ってしまって、少ない人数でやらざるを得ない現場もあるでしょう。
下園:はい。そこで、負けないリーダーシップに求められるもう一つの大仕事が、「仕事を切る」ということです。人数やマンパワーは伸ばせないので、ピンチのときは仕事を縮小するしかないのです。5人だったら3、3人だったら仕事は2。単純な算数の話です。その縮小する係こそが、リーダー。
そのとき、「必要最小限の仕事を選ぶ」ことができれば問題ありませんが、どうしても選ぶことができない人は、次の4通りを参考にしてみましょう。
①仕事をまるごと切る
②仕事の完成度を下げる
③一定の時間で切る
④延期する
ただし、大原則は①。仕事の完成度を下げたり、時間で区切るのは、あくまで苦肉の策です。縮小するには仕事内容を熟知し、ポリシーをもち、そして、仕事を減らした事に対する責任を全部取らなければいけません。
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今回、下園壮太さんから学んだことは、ビジネスという厳しい戦場を、部下という仲間とともに生き抜くためのコツです。必要なのは「頑張る」という精神論ではなく、合理的なストレスコントロールというのは、多くの職場で取り入れられそうですよね。
「負けないリーダーシップ」が「負けないチーム」を作る−−。そのカギを握るのは、あなたです!
取材・文/吉田知未、撮影/五十川満、イラスト/松本充代、インフォグラフィック/小久江厚(ムシカゴグラフィクス)、編集プロデュース/藤田薫(ランサーズ)