漫画家でコラムニストの辛酸なめ子さんが行く「ものづくり」の現場。今回潜入したのは「うんこ」で皆を笑顔にする会社、その名も「株式会社うんこ」。同社のビジョンである「世界中の人々を『うんこ』で笑顔に変えていく」取り組みとして、センスあふれる「うんこTシャツ」や「うんこスニーカー」などを製造販売し、熱狂的なファンを生んでいます。
軍手や安全靴といった作業用品を扱う総合商社の子会社としてスタートした株式会社うんこ。でも、なぜ「うんこ」? 謎だらけのものづくりの現場で、常識の斜め上を行く社長の野畑昭彦さんにインタビュー。最後まで「うんこ」の話しか出てきません。
文・イラスト/辛酸なめ子
作業用品とうんこ製品を手がける社長の肖像
「うんこ」……この単語を発するだけで不思議な解放感を得られます。人間の一生にとって、なくてはならない大切な副産物。このうんこを会社名にしてしまった奇特な社長さん、野畑昭彦(のばた・あきひこ)さんが横浜にいらっしゃいます。
ただ「工場タイムズ」的には、いきなり「うんこ」からのアプローチをするよりも、正統派の道がありました。野畑さんは工場の作業用品の総合商社「株式会社のばのば」の社長でもあります。こちらの方が先にできた会社だそうです。
うんこグッズが並ぶミーティングスペースで、自由人な雰囲気でかっこいい社長さんにお話を伺いました。
いきなり名刺交換から意表を突かれ、一見真っ白な名刺だと思ったら、持っている指の下に「うんこ おなら」「野畑昭彦」と小さく印刷されていて、脱力。他にもカルタのデザインとかiPhone5の画面デザインとかたくさんの種類があり、クリエイティビティの源泉が尽きない社長さんのようです。
「だいたい取材の方は『株式会社うんこ』の話で来られる。『株式会社のばのば』の方からの取材はなかなかないんで、まじめにしなきゃ、と思って」と、社長さんはプレゼン用の資料を見せつつ解説してくださいました。
祖父の代から続いている『株式会社のばのば』では現在、安全靴や手袋などを工場に注文して作ってもらったり、問屋としてお店に卸したりしています。しかし、卸問屋は直接お客さんと接しないので、どのようなサービスが必要なのかわからず模索していました。そこで1992年に小売店を開業。卸問屋が小売りをやるということは業界ではタブーだったため、多くの顧客が離れていってしまいました。でも、お客さんの希望を聞くことができて得るものが多かったそうです。オリジナル商品を増やしネットショップを開業すると、また同業者から顰蹙(ひんしゅく)を買い半年後に閉店。卸値に近い破格の値段で売られたら、たしかに同業者は太刀打ちできません。
そこで新機軸として同業他社も価格競争もないオリジナル商品を新会社で立ち上げることにしました。それが「株式会社うんこ」のうんこグッズです。生々しい話、製造から小売まで手がけるので粗利益を確保できるそうです。「株式会社のばのば」の製造や仕入れのルート、技術を生かした質の高い商品が作れます(撥水加工など)。
また、知的財産として「うんこ」のマークなども商標登録をしているという、やり手の野畑社長。登録証も拝見させていただきましたが、女性の特許庁職員が粛々と「おなら」「うんち」などを認可していたりして、味わい深いです。他にも「うんこ」「UNCO」「POOP」など多数登録していますが、独占するつもりはなく、他の会社などに商標を取られないためにこれらの言葉を守る、という防衛策でもあるようです。
「自由に使ってもらってかまわないです」と社長。「うんこ」「おなら」という単語を自由に使えなくなったら大変です。世の中が一気に暗くなってしまいそうです。
「『FART(おなら)』でも商標を取ろうとしたんですがお金が続かなくなっちゃって……1件10万円以上かかるから」と、かなりの予算をうんこ事業に注ぎ込んでいられます。
なんとPVまで多数制作。NYでロケしたり、映画風な演出で外国人の役者さんを使ったり、こちらもかなり経費がかかっていそうです。NYのシティガールが颯爽と街を歩きながら「あなたのうんこも一癖ありそうね」とうんこについて思いをはせる映像など、かなり作り込んでいます。取引先の銀行の担当者に「NYでウケそう」と薦められ、海外進出も検討中だとか。
「NYに視察に行ったら空港で税関の怖そうな人に呼び止められ、スーツケースを開けたらうんこのものばかり。税関の人が大笑いしちゃって、周りの人を6〜7人も呼んで、みんな笑って『クレイジー』って言われました」
うんこは世界を平和に、明るくします。
うんこ社長のうんこドリームは続く……
社長は世界各国の人にうんこの絵を描いてもらうという活動もしています。スウェーデンやフランスのうんこはどことなくおしゃれで、フィリピンはお腹を壊していそうな感じの山盛り、NYは格差社会を感じるピラミッド状など、お国柄が出ていておもしろいです。
「うんこは世界共通。描いてくれた人はみんなうれしそうに笑ってたんです」
うんこ=まきぐそというのがほぼ共通しているのが不思議です。こんな立派なうんこ、一生に数回出るか出ないかというレベルですが、世界中の人の理想のうんこの形なのでしょう。
宿便とは無縁の、とぐろ形うんこは健康な腸の証。ちなみに社長は、下痢気味だそうです。
「株式会社うんこ」の商品ラインナップはTシャツやシリコンバンド、今治のほうで作ったタオル、スニーカー、サンダルなど多岐に渡っていて、水面下でファンが増殖中。「株式会社のばのば」の作業用品を作っている工場に頼み込んで、少数ロットで製産しているそうです。検品も厳しくして、品質を保っています。
「うんこの柄入りのものを身につけると、便秘が治る効果はありますか?」と伺うと
「答えが難しいですね……」と沈黙してしまった、根はまじめな野畑社長。
「黄色いものを身につけるとお通じがよくなるって聞いたことがありますよ」と、女性社員の林さんがフォローしてくださいました。
とにかく、商品はこだわりがすごくて、滑り止めの素材で小さい「うんこ」という文字を大量にプリントした手袋、靴の裏がうんこのレリーフ状になっているスニーカーなど。平らなものにすれば簡単に生産できますが、どうしてもうんこの凹凸を再現したいという社長の思いがあるそうです。
次に考えているのが文字盤が「うんこうんこうんこうんこ」と数字の代わりに書かれている腕時計だとか。
「『今何時? 』と彼女が彼に聞いたら『う時ん分だよ』って答えたりして、『それじゃわかんない~』って彼女が彼の時計をのぞきこんで2人の距離が縮まる、というストーリーを考えています」
デザイン的にお互いの愛を試すような時計です。こちらも大量生産が基本の工場に、ロットを減らしてもらうため交渉中だとか。
デザインはほぼ社長自らが手がけているそうで、そのスキルの高さに「デザイン系ご出身ですか?」と聞いたら「クリスタル・ケイです」という答えが返ってきて、おならの煙に巻かれたようです。
白昼堂々、下ネタトークは続きます。
「見本市では、便器の中にうんこを投げ入れるゲームを考えています」
「横浜総合卸売センターの『ろ』と『う』を取ると横浜おしりセンターになっちゃう。周りの会社みんな『株式会社すかしっぺ』とか『下痢コーポレーション』に名前を変えたら町おこしにならないですかね」
それはたしかに活性化しそうです……。
社長はうんこについてのアイディアが尽きません。
そこまでうんこが大好きということは、もしかしてうんこを食べたことは……?
「ありまべん!!」
失礼しました!!!!
社長のまっすぐな瞳から、純粋なうんこ愛が伝わってきます。
ちなみにうんこには金運という意味もありますが、効果を実感されることは……。
「全然です。むしろ減っていっています」
お金もうんこも世の中を巡るので、きっといつか今以上に大成功されることでしょう……。
ただ捨てられ、避けられる存在だったうんこに新しい価値を見いだした野畑社長の人糞……ではなくて人徳に、感じ入りました。
取材・文・イラスト/辛酸なめ子
漫画家・コラムニスト。東京都生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。
近著は『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『おしゃ修行』(双葉社)、『魂活道場』(学研プラス)、『ヌルラン』(太田出版)など。
Twitterアカウントは、@godblessnameko
写真/河野英喜