年末が近づくと会社からかかる、年末調整の号令。仕事の慌ただしさにかまけてついつい書類の提出を忘れ、経理担当者に急かされたことのある人も、きっといるのではないでしょうか。
この年末調整の書類、最低限の必要事項を記入してパパッと提出……してしまっては、実はソン。所得控除になるケースをしっかりと理解してぬかりなく申請すれば、想像以上にたくさんの還付金が戻ってくることも多いのです。
対象になる可能性が高いのは、いったいどんな人なのでしょうか。製造業で働いている仲良し3人組が、『年収200万円からの貯金生活宣言』『はじめての人のための3000円投資生活』などのベストセラーをもつ家計再生コンサルタントの横山光昭さんに、詳しく聞きに行きました。
ケンジ
自動車メーカーで部品製造の仕事をする32歳。明るい性格で職場の人気者だが、面倒くさがりなのが玉にキズ。30代になって貯金を始めるがなかなか貯まらず、漠然とした将来の不安を感じている。
ユミ
精密機器メーカーで事務の仕事をする28歳。膨大なデータ入力もテキパキとこなすしっかり者。経済誌を愛読しており投資に興味はあるが、損をするのが怖くてなかなか一歩踏み出せずにいる。ポイントが貯まる、割引になるなどのお得情報が大好き。
ダイスケ
医療機器メーカーの技術職として活躍する40歳。プライベートでは2児の父。コツコツと貯金をする堅実派だが、子どもの教育資金や夫婦の老後資金を考えると安心しきれない。最近はじめて入院を経験し、医療費も準備しておかなければと考えている。
年末調整で“ボーナス”が出る人、出ない人
ケンジ:前から思ってたんだけど、年末調整ってあれ、何なんだろうね。ただでさえ忙しい年末にいろいろ提出しろって言われて、ホント大変なんだけど……。
横山光昭さん(以下、横山):そうですよね(笑)。でも、多少面倒くさくても、年末調整はしっかりやっておいてください。必要なものをきちんと提出すれば、ちょっとした“ボーナス”が戻ってくることが多いんですよ。
年末調整は簡単に言えば、その人が本来納めるべき税金額を計算しなおして、払いすぎている人には払い戻し、足りない場合は追加で納めてもらうためのものです。
なぜこのような差額が生じるのかというと、毎月の給与から天引きされている所得税や住民税の額は、差し引くべきもの(所得控除)が差し引かれないまま算出されているからです。だから先に差し引いておいて後からしっかりと計算しなおそう、ということなんですね。
ダイスケ:そうなんだ。国も案外優しいとこあるんですね!
横山:そうそう、まさに所得控除は「国の優しさ」のようなものなんですよ。収入の少ない家族を養っている人や医療費をたくさん払った人、寄附をした人。こういう人は家計への負担が大きいので、課税部分を少なくしてあげましょう、というわけですね。
前置きはこのくらいにして、どんな人が所得控除を受けられるのか、ケースごとに見ていきましょう!
配偶者控除は、103万円より「130万円の壁」に要注意
横山:所得控除を受けられる可能性があるのが、まずは結婚した人です。所得控除の中でも身近な、「配偶者控除」を受けられるかもしれないからです。これは、収入が一定額までの配偶者がいる場合、配偶者分についても基礎控除の38万円を引いてもらえるもの。いわゆる「扶養に入っている」という状態ですね。
ユミ:扶養ってそういうことだったのかあ。勉強になります。
横山:そうなんです。「一定額まで」の具体的な金額が長らく103万円であったことから、よく「103万円の壁」などと言われてきました。この壁を越えないように奥さん(旦那さん)がパートの出勤日数を減らす、なんて話を聞いたことのある方も多いかと思います。
しかし2018年からは、配偶者の年収が0~150万円まで控除額が同じになりました。世帯主の収入によっては控除額が減ることもあるものの、「103万円の壁」はあまり意味をなさなくなったわけです。
今の制度で大事なのは、実は「130万円の壁」。これは配偶者が社会保険の扶養を外れて、みずから社会保険に加入しなければならないラインです。年収130万円の人なら手取りが30万円くらい減ってしまいますので、家計にとって大きな負担だと思います。
最近では社会保険の適用拡大に伴って、年収106万円から加入できる企業も増えてきました。社会保険に加入するメリットは大きいものの、掛け金は高くなります。そのため一概には言えませんが、私は「注意すべきは、所得税よりも社会保険の壁」だと考えています。
ダイスケ:なるほど。じゃあ、うちの奥さんには130万円を超えないように収入を抑えてもらうようにします!
横山:奥さんの収入によっては、必ずしもそれがいいとは言い切れませんよ。分岐点となるのは、年収約159万円の地点。ここが、社会保険を控除した後の世帯の手取りが回復する分岐点なんです。
収入に対してはもちろん税金が発生するのですが、控除分などを差し引くと実際に納めるのは5~10%程度と、それほど多くありません。奥さんが年収159万円以上の収入を見込めそうなら「壁」を気にせず仕事をしてもらい、それ以下なら年収130万円(社会保険加入が年収106万円からの会社なら106万円)を超えないように注意して働くほうががいいと思います。
ふるさと納税って本当にお得なの?
横山:次にふるさと納税などの寄附をした人。これは「寄付金控除」の対象になります。寄附の上限額が3万円の人の場合、3万円に対して税金がかかるのは2,000円だけですので、最大2万8,000円分の税金が戻ってくることになります。豪華な返礼品も人気ですよね。
ケンジ:あっ、ふるさと納税、前から気になってたんだ。というのも、今住んでるところより子どもの頃過ごした地元のほうが、なんか好きなんだよね。どうせ納税するなら、地元にしたい。
横山:いえいえ、それはできないんですよ。「ふるさと納税」という名前から勘違いをされる方も多いのですが、これはあくまでも寄附の制度です。ふるさと納税をしたからといって、住んでいる地域で税金を納めなくていいということにはなりません。注意してくださいね。
ユミ:そうなんだ……! でも「ふるさと納税はお得」っていろんなところで聞きますよね。なんだかんだで、やっといたほうがお得なんじゃ?
横山:節税になるうえ返礼品までもらえるというとお得感がありますが、実際には3万円支払っているということには変わりありません。節税のためというよりは、2,000円で豪華な返礼品を楽しむために利用する、という考えのほうがいいと思いますよ。
ローンで家を買った人、医療費をたくさん使う人も対象に
ケンジ:今のところ、俺は全然当てはまるものがないなあ……。
横山:ほかに所得控除で得をするのは、住宅ローンを組んで家を買った人と、持病などがあって医療費をたくさん支払っている人です。「住宅ローン控除」と「医療費控除」というしくみがあり、それぞれ税制優遇を受けられるからです。
住宅ローン控除とは、その年の終わりのローン残高の1%が、購入後10年間は非課税になるというもの。最大40万円という上限はありますが、たとえば3,000万円ローンが残っていたとしたら、30万円分が非課税になるわけです。家は大きい買い物なので、かかる税金も高額になりがち。ぜひ利用しましょう。
ダイスケ:住宅ローン控除使えそう! やったー。
横山:よかったですね! もうひとつの医療費控除は、病気やケガの治療に使ったお金が非課税になるしくみです。対象になるものは割と多くて、病院に行くまでのタクシー代にも使えます。年額10万円以上の医療費を使っていることが条件になりますので、購入時のレシートや領収書は取っておくようにしましょう。
ケンジ:10万円!? 俺、体だけは丈夫なんですよね。そんなに使わないかも。
横山:定期的には医療費を使わないという人は、「セルフメディケーション税制」を使えないかチェックしてみましょう。これは、対象の市販薬を年間1万2,000円以上買った場合に超過分が非課税になるしくみで、上限は10万円です。
対象の市販薬にはマークがついていますので、このマークがついた市販薬を積極的に購入するのもいいでしょう。医療費控除、セルフメディケーション税制ともに確定申告が必要にはなりますが、身近な節税策として利用してみてください。
ケンジ:あっ、セルフメディケーション税制なら俺も使えそうだな。こうして見ると、年末調整でお得になる人って結構いるんだね。でもやっぱり、書類を書いたり資料を集めたりするの、面倒くさいなあ。
横山:そうですよね(笑)。ただ、所得控除は基本的に自己申告制なんです。つまり、必要事項を記入したり資料を提出したりしなければ、そのままスルーされてしまうということです。税金を戻してもらえる権利があるのに、ちょっとサボったためにパーになってしまうのは、なんだか悔しくないですか?
ケンジ:た、たしかに。今年の年末調整ではあわてないように、今から準備しておこうっと。
取材・文:大住奈保子(Tokyo Edit)/インフォグラフィック:小久江 厚(ムシカゴグラフィクス)/写真:白井竜一