神奈川県・横浜市の南端に位置し、ベッドタウンとしておよそ20万人の人口をもつ金沢区。「八景島シーパラダイス」や「金沢自然公園」など、自然を活かしたレジャー施設が人気を集めるエリアです。
そんな金沢区に、1,000を超える会社や工場が立ち並ぶ日本最大級のものづくりの町「横浜市金沢区臨海部産業団地(以下、LINKAI横浜金沢)」があるのはご存知でしょうか。
そのLINKAI横浜金沢で、2016年から4回開催されている屋外ものづくりワークショップ「Aozora Factory(以下、アオゾラファクトリー)」は、学生・企業・行政が強く繋がり、確実に金沢のまちに根を下ろしつつあるイベントへと成長しています。今回はそんなアオゾラファクトリーの魅力に迫ってみたいと思います!
2年間で参加者・出展者ともに急増! 地元で話題のイベントに
アオゾラファクトリーは、そのネーミングのとおり屋外の公園に地元企業が出展し、主に親子連れを対象にしたものづくり体験ができるイベントです。
そしてその運営や広報を担うのが、金沢区内にある横浜市立大学の学生たち。まさに地元金沢区と地元企業、大学が協力、連携してこのイベントは開催されてきました。
2016年の第1回は13企業、2017年10月の第2回には30を超える企業が出展し、その年の12月と翌年2018年6月には近隣の商業施設「三井ベイサイドマリーナ」を会場にミニサイズの同名イベントも開催。回を重ねるごとにその内容は充実し、その都度大きな盛り上がりをみせるように。
毎回、実に多様なものづくりのワークショップが出展し、どのテントも親子連れで大賑わいのイベントなのです。
手動の印刷機がテントに設置され、職人の指導でその操作術を体験できたり、印刷会社と段ボール会社が協力して南米の打楽器「カホン」を制作したり、鉄板を打ち出して中華鍋を作ったり。
真剣な眼差しで職人の手元を見つめる子や、はじめて使う道具に緊張しながらも物をつくる子の姿に、職人たちも思わず感動し出展企業が急増したとのこと。
写真を見ていただくと分かるように、緑の芝生に映えるブースや木で統一されたテーブルやベンチなど、まるで野外フェスのようなオシャレな雰囲気も人気の理由。それがこのイベントの個性でもあるのです。
学生、企業、行政が連携したまちづくりのプロジェクトは多々あれど、集客に苦労したり、助成金がなくなると終わってしまったりというケースが多いと聞きます。
しかしたった2年で出展者と来場者が増加してきたアオゾラファクトリーの背景には、どんな経緯があったのでしょうか。
「生みの親」はキャリア系女性教授と、現場叩き上げサラリーマンのコンビ
このイベントの主催は、同名のNPO法人「Aozora Factory」。共同代表を務めるのは、横浜市立大学国際総合科学部の芦澤美智子(あしざわみちこ)准教授と、「お客様にとって何でも相談出来る会社」をスローガンに掲げ、地元密着型の事業展開をしている印刷会社「関東プリンテック株式会社」の本多竜太(ほんだりゅうた)常務のお二人です。
「私が2013年に横浜市立大学に着任し、学生にビジネスとしての実習体験をさせるフィールドを探しはじめた頃、ある会社の社長さんがLINKAI横浜金沢を案内してくれたのがそもそもの始まりでした。
広大な敷地に多様な企業があり、さまざまなものづくりの実習体験が可能なこの工業団地の潜在能力に、思わずアドレナリンが出ました。」(芦澤先生)
そう語る芦澤先生は、公認会計士や企業経営経験を経てMBAと博士号を取得し、2013年に公募で横浜市立大学に着任した、絵に描いたような才女。
芦澤先生は、「これからの社会がどのように変容していくか」、いわば未来の「見えないものを見る」力を、ビジネスでの経験と研究を通じて身につけてきたそうです。
そんな先生にとって、経営学を実践しながら学ぶことのできる教育フィールドとして、LINKAI横浜金沢はまさに可能性のかたまりに見えました。
そこでLINKAI横浜金沢にある企業に対し、学生と企業との連携プロジェクトができないかと提案をもちかけたそう。
ところが提案を受けた企業側は、「連携プロジェクトといっても何をやったらいいのかよく分からないし、忙しくて学生に時間など割けない」と相手にしてもらえません。芦澤先生が突破口を見つけられず途方にくれていた頃、出会ったのが本多さんでした。
本多さんは、バイトと音楽に明け暮れる青春時代を送りながらも、関東プリンテックに就職してからは現場で成果を上げ、常務にまで登りつめた叩き上げタイプ。
「最初は私も芦澤先生が何を言っているのかよく分からなかったんですが(笑)、とにかくやってみようということで、2015年に工業団地内のイベント『PIAフェスタ』の集客企画を芦澤ゼミの学生と立てました。
そのとき学生から上がってきた企画は、『だるまさんがころんだのギネス記録を打ち立てよう』というもの。実際にその企画をやってみると、人気ユーチューバーから協力を得られたこともあり、750人以上もの若者が集合しました。その結果、ギネス認定にも成功したのです。
そのイベントの盛り上がりに、区長さんや産業団地の社長さんたちから驚かれつつも信頼を得られ、本格的にアオゾラファクトリーのプロジェクトに取り組んでくれることになりました」(本多さん)
芦澤先生いわく「勉強に口うるさい母親のような私と、職人肌の父親のような本多さんが、子供たちを育てるようなプロジェクト」であるアオゾラファクトリーは、こうしてスタートしました。
準備期間はたった2カ月! 怒涛のスケジュールで初主催したイベントの結果は!?
本多さんの参加により具現化へと動き出したアオゾラファクトリー。しかし2016年、初めて単独で主催することになったイベントの準備期間は、なんと2カ月しかありませんでした。
「前年(2015年のPIAフェスタ)の成功で、企業と行政からは『次は何をやってくれるの?』と期待を寄せられている反面、『芦澤ゼミはイベント屋さんなんでしょ?』と揶揄(やゆ)されたりもしました。
かたや学生たちは、『先輩たちとは同じことはしたくないし、もっとスゴイことをやりたい』と言うんです。
しかし実際は、予算も時間も全くない状況です。そこでもう一度原点に戻って考え直そうと、本多さんと毎晩のように話し合いを重ねた結論が『ものづくり体験ワークショップ』だったのです」(芦澤先生)
多種多様な企業が集積する産業団地のメリットを生かし、「実際の仕事を子供に体験させるテーマパーク」という方向性が決定。本多さん自らが、団地内の企業に片っ端からアプローチを開始していきました。
「私が勤務する関東プリンテック株式会社が印刷会社であるため、さまざまな業種の企業とのお付き合いがあります。そのネットワークを活用して企業に出展を依頼すると、社長の方々は『よく分からないけど、本多さんがそこまで情熱をもって言うなら』と言って協力してくれたのです。
また前年のPIAフェスタを見て、一生懸命取り組んでいる学生や楽しそうな親子連れの姿に感動したから協力する、という声もよく聞きました」(本多さん)
ものづくりを「コトづくり」、つまり参加者が手を動かし、道具を使う「体験」と結びつけて地域の魅力を発信したいという二人の情熱が、学生と企業、行政を動かしたのです。
そうしたなかで主催された第1回のアオゾラファクトリーは、全13ワークショップ、650名もの参加者を動員するという大成功を収めました。
このイベントの価値、そして目指しているもの
こうして2016年の第1回から2018年の第4回まで、順調に実績を積み上げてきたアオゾラファクトリー。その価値について聞いてみました。
「企業人として見たときにこのイベントで参加企業が得られるものといえば、CSR活動や人材採用のためのブランドイメージ向上と、来場者データですね。また、それまで付き合いがなかった、産業団地内の企業間連携といった副次的効果もありました。
個人的には、毎年斬新な企画を出してくれる学生さんの感性と、それを実現する情熱にいつも学ばせてもらっています。最初はロクに挨拶もできなかった彼らが(笑)、このプロジェクトを通じた1年で人間的に急成長する姿を見るのも嬉しいですね」(本多さん)
また芦澤先生は、アオゾラファクトリーを「従来出会うことのなかった人が出会い、新しい変化を生むイノベーションプラットフォーム」だといいます。
「学生たちは、このイベントで自らの発想提案が実現していくことで、圧倒的な主体性をもって動くようになります。
イベントの企画会議で、みな率先して意見を言い、自ら『やります!』という声がどんどん上がる、その意欲の高さには毎年驚かされます。
またこのLINKAI横浜金沢には、親から引き継いだ会社を存続させるだけではなく、なにか新しいチャレンジをしたいと思う二代目の社長たちが多くいます。そうした二代目社長にとっても、このイベントは新しい可能性を見出してもらえる場所になっているのではないかと思います。
私たち二人がこのプロジェクトでもう一つこだわっていることに『美しさ』があります。工場や産業団地のイメージを変えるような場にしたいので、この概念は当初から必然的に考えていました。
ですからこのイベントにおいて、椅子やテーブルのデザインや配置一つにまで、できるかぎり『美しいかどうか』を追求しています。アオゾラファクトリーのイベントが『オシャレ』だと言っていただけるのは、そのあたりも関係しているのかもしれません」(芦澤先生)
こうした二人のこだわりや思いが参加者一人ひとりに伝わることで、「自分がこのイベントをつくるのだ」という主体性につながるのでしょう。
その主体性こそが、このイベントに流れるエネルギーや、楽しそうな場の空気を作り出す秘訣なのかもしれません。
また芦澤先生は、アオゾラファクトリーで実現したいことに「ハイブリッド人材」の育成と輩出があるといいます。
「私の考える『ハイブリッド人材』とは、私が学んできた『見えないものを見、それをまわりに言葉で伝えて巻き込む力』と、本多さんが学んできた『現場力』の2つを兼ね備えた人材のことです。このイベントを通じてそんな学生を多く輩出し、地域に貢献をしていきたいですね」(芦澤先生)
2018年10月、第5回アオゾラファクトリー開催決定!
実績を着実に積み重ね、今や金沢区の名物になりつつあるアオゾラファクトリーの第5回イベントが、2018年10月20日(土)に横浜市内唯一の海水浴場でもある「海の公園」のなぎさ広場(横浜シーサイドライン「海の公園柴口」駅 下車すぐ)で開催されます!
すでに行政や企業、大学を交えたミーティングが開始され、活発な議論が行われています。そこで最後に、お二人にこれからのアオゾラファクトリーに向けた意気込みを聞きました。
「これまでLINKAI横浜金沢を支えてきた、中小企業の年配の社長・会長などが残してくれた資産を活かしながら、新しい時代を切り開き、次の世代に引き継いでいきたいです。言葉は悪いですが、事業継承も含め、年配の現役世代に『引導を渡す』役割を担っていけたらと思います。でもアオゾラファクトリーが成功すると、引導を渡すどころか、むしろ年配の皆さんが元気になってしまいそうなんですけどね(笑)」(本多さん)
「地元企業の方から『あなたたちは地に足がついている』というありがたい言葉をいただきましたが、別の社長さんには『10年やり続けていたら信用できる』とも言われ、その期待感と責任をひしひしと感じています。
アオゾラファクトリーのコンセプトや方向性は間違っていないと思いますし、今はとにかくできることをひたすら続けていくことが大事だと思っています」(芦澤先生)
澄み渡る青空の下、ものづくりを通じ、新しいまちづくりへの思いを紡ぐアオゾラファクトリー。2018年6月にNPO法人化し、さらに活躍が期待されるこのプロジェクトに、今後も注目していきたいと思います。
取材・文:柳澤史樹/写真:工場タイムズ編集部
写真提供(一部):Aozora Factory・川名マッキー