日本の企業では、新卒の若手人材を育て、終身雇用をセオリーとしてきた時代が長く続いてきました。しかし、少子高齢化や経済状況の悪化などによる問題を受けて、早急な働き方改革が迫られています。
「定年がきたら若手に道を譲る」というような価値観を標準としてきた企業の場合、高齢者雇用に対してポジティブなイメージを持ちにくいこともあるかもしれません。少子高齢化が加速する中で、これからは高齢者雇用に対する理解が必要です。
シニア人材登用による会社のメリット、ひいては社会の経済全体にどのような影響をもたらすのか。本記事では会社、高齢者、地域の3つの立場別に見た、高齢者雇用によるメリットを解説していきます。
企業から見た高齢者雇用のメリット
高齢者の雇用では体力の衰えなど、業務上の不安な要素が浮かびやすいかもしれません。特に体力を必要とすることが多い製造業の場合、シニア人材を雇うことに懸念がある企業もあるでしょう。
ですが、業界に精通してきたベテランの人材は、企業にとって大きな強みになりえる存在です。高齢者自身が感じる不安要素を企業側がフォローしていく体制を作ることで、会社全体に好影響が見込めるようになります。
即戦力となる人材の確保
会社側の大きなメリットとしては、少子高齢化による慢性的な労働力不足の解消が挙げられます。人手不足に陥っている業界は多数ありますが、特に製造業界においての人材確保は、長期に渡る課題となっています。(参照元:厚生労働省 我が国を取り巻く人手不足等の現状)
そんな人手不足が顕著な業界にとって、若い頃から同じ分野に従事してきた経験豊富な高齢者は貴重な労働力です。
製造業の中には、マニュアル化が難しい技術を要する業務があります。業務に精通しているシニア人材は即戦力となるため、人材育成に一定の負担がかかる職種にとっては、積極的に高齢者雇用を検討したいところです。
また、ベテランの人材は若手育成にも大きな役割を担ってくれる存在です。多くの種類を少量生産する製品の場合、専門的な技術を用いて手作業で行われることが多いため、ノウハウと豊かな経験を持った熟練者による伝承が必要になります。新入社員の育成にまで手がまわらない状況にある中小企業などには、シニア人材が大きな助けとなってくれるでしょう。
ワークシェアリングの促進
高齢になってくると、体調面や家庭の事情などの理由から、多様な働き方が必要になってきます。個人に合わせたライフスタイルの中で働くには、時短勤務や隔日勤務など、企業側に柔軟な対応が求められます。
働き方改革を進めることは、高齢者に限らず、ほかの従業員にも良い恩恵が受けられます。育児や介護など、様々な事情を抱える人が働きやすい労働環境ができることで、人材が定着しやすくなります。
会社としても、不測の事態が起きた時に多くの人材が確保できていることは大きなメリットです。必要な時に声をかけられる人材が多いほうが、会社全体の対応力が強化されます。
助成金や税制上の優遇措置を活用できる
60歳以上の高年齢者を雇用することで、厚生労働省や独立行政法人が支給する助成金を受け取ることができます。高齢者雇用の促進を目的にした助成金を活用して、よりよい労働環境を作ることが可能です。
従業員が増えると会社の金銭的負担も増えますが、高齢者雇用に関わる国や団体からの施策で負担を軽くすることができます。高齢者雇用に関連する助成金は以下の通りです。
高年齢者・雇用関係助成金の種類 | 概要 | |
---|---|---|
特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース) | 60~64歳の高齢者雇用などに関わる助成金 | |
65歳超雇用推進助成金 | 65歳超継続雇用促進コース | 65歳以上への定年引上げなどに関わる助成金 |
高年齢者評価制度等雇用管理改善コース | 高齢者の雇用管理整備などに関わる助成金 | |
高年齢者無期雇用転換コース | 高齢者の雇用管理整備などに関わる助成金 | |
高年齢労働者処遇改善促進助成金 | 60~64歳までの賃金増額で、高年齢雇用継続基本給付金の減少になった場合の助成金 |
支給要件や支給金額は、助成金の種類によって異なります。詳細は厚生労働省のホームページにある高年齢者対象の雇用関係助成金からご確認ください。
また、地域によって、地方税の一つである事業所税の優遇措置が受けられることがあります。自治体によって異なりますが、高齢者は従業者割の数に入れなくて良い場合などがあるので、事業に関わる地方税の負担を減らすこともできます。(参照元:東京都主税局 事業所税)
キャリア設計のロールモデル
若手の従業員が将来のキャリア設計を考えるとき、身近にいきいきと働く高齢者がいることは良い手本となります。
自身の目標となるロールモデルを見つけることで、若い世代が自分の未来を想像しやすくなり、モチベーションアップにつながります。高齢者が元気に働く姿は、若い人材が長く定着する環境づくりへ自然と導いてくれるでしょう。
職場の活性化につながる
前述したメリットの結果として、高齢者雇用は職場の活性化につながっていきます。
シニア人材の登用は、会社全体に影響を与えるものです。同じ環境で働く中で、若い世代と高齢者が互いに理解し、補い合う循環が生まれ、多様性の共存を目指すダイバーシティや個々の特性を活かすインクルージョン活動(多様な人材が個々の能力を発揮できる機会・環境を提供すること)が促進されます。
若手の従業員は身近で働く高年齢者に刺激を受けて、より一層、成長に期待が持てるようになるでしょう。多様な人材が同じ目的を持って働くことで、職場環境が活性化されていきます。
高齢者から見た働くメリット
人生100年時代といわれる昨今、働けるうちはいつまでも働きたいと考える高齢者が多数います。(参照元:内閣府 経済的な暮らし及び就労意識について)高齢者にとって働くことの意義は、決して小さなものではありません。高齢者雇用を進めるにあたって、シニア世代の目線から見る、働くことの目的を知っておくことも大切です。
高齢者側から見る働くことのメリットには次のようなものがあります。
収入が得られる
仕事を辞めて年金生活に完全移行しても、充分な金額が支給されない場合があります。高齢期に入っても、安定した収入があることは、大きな安心感があります。
60歳までにある程度のたくわえがあったとしても、貯金を切り崩しながらの生活は、心身ともにネガティブな影響を及ぼしかねません。年金以外の収入が継続的に見込めると、精神的な面でも余裕を持った生活ができます。(参照元:内閣府 経済生活全般の状況)
健康の維持
仕事をしている時は自然と生活リズムが確立されますが、急に自由な時間が増えると、生活リズムが乱れやすくなります。高齢になると体の衰えや不調を感じやすくなり、生活リズムの乱れはさらにQOL(生活の質)を脅かす存在になりえます。
そうした危険性を回避して健康寿命を延ばすためには、ある程度決まった時間に働き、規則正しい生活を続けることが大いに役立ちます。
業務の中で頭を使ったり、通勤や軽作業で体を動かすことによる軽い運動も、健康維持に効果的です。無理のない範囲で、軽く刺激のある生活を送ることが、心身の健康につながります。
また、会社や働き方によっては、60歳を超えても健康診断を受けられることがあります。体調管理の把握がしやすく、安心感を持てる生活が期待できるでしょう。
生きがいにつながる
業務を通じて人や社会とのつながりを感じることで、仕事が大きな生きがいとなる人もいます。
定年退職後にも続けられる趣味や新たな目標などがある人ならば、充実したセカンドライフを送れるかもしれませんが、退職後、急にやることがなくなって家にこもりがちになってしまった場合、孤独を感じやすくなります。
自分のペースで仕事を続けることで、人とのコミュニケーションなどで刺激のある環境を維持できるため、充実感を得られやすい生活ができます。自分を必要としてくれる人や場所があると、社会に貢献しているという自信がつき、その満足感が生きがいになっていきます。
地域として見る高齢者雇用のメリット
労働力不足や高齢者雇用の問題を包括的に解消へ導くため、平成28年度から「生涯現役促進地域連携事業」がスタートしました。これは、地方自治体などの協議会が主体となって、地域の企業と高齢者のマッチングを支援していたものです。
令和4年度からは、生涯現役促進地域連携事業を再編した「生涯現役地域づくり環境整備事業」が始まっています。さらなる問題解決に向け、地域福祉や地方創生など、他分野の政策と一体となった事業構想となっており、高齢者雇用による地域活性化に期待が持たれています。
シニア人材のノウハウと技術で地域の問題解消に期待
地域ごとに根ざした産業があり、その土地の自然や特色を活かした地域産業には、全国的な視点では見えてこない問題が出てくることがあります。地域特有の課題に取り組む上で、その土地で培ってきた知識や経験を持つ高齢者は問題解決への大きな力となりえます。
取りまとめる自治体と実際に働いて向き合ってきた高齢者が一体となって課題に取り組むことで、解決の糸口が見える可能性が高まります。
活気ある地域へと変わっていく
会社側のメリット(職場の活性化)にもあったように、高齢者雇用によるメリットは地域全体の活性化につながります。
高齢者を含むすべての国民が、充実した生活環境を手にできるようになると、人が地域に定着するようになります。多様性に対応した住みやすい地域づくりが進めば、若い世代も地方に呼び込める可能性が高まり、地域が活気づいていくでしょう。
〈企業のメリット〉
・人材の確保
・ワークシェアリングの促進
・助成金や税制上の優遇
・キャリア設計のロールモデル
・職場の活性化
〈高齢者のメリット〉
・収入を得られる
・健康の維持
・生きがいがうまれる
〈地域のメリット〉
・シニア人材のノウハウと技術で地域の問題解消
・活気ある地域づくり
高齢者が活躍できる地域づくりが発展していけば、地方に定住する若者が増え、都市部への一極集中を抑える効果が見込めます。人材が地方に分散して土地ごとの産業が活気づくことで、日本全体の経済活性化にもつながっていきます。
企業や地域団体による、高齢者を含めた多様な人材の雇用促進は、今後の経済発展を左右するといっても過言ではありません。企業の労働環境から社会全体の経済成長に好循環の流れを作るため、時代の実情に見合った、企業や社会の変化が期待されます。