「カラダの疲れ」と「ココロの疲れ」を別なものとして考えていませんか? 実は、この2つの疲れは根っこの部分でつながっているんです。
そんな、仕事やプライベートでの「疲れ」がなかなか取れないみなさまのため、元陸上自衛隊メンタル教官の下園壮太さんにお話しを聞いてきました。下園さんは最も過酷な職業のひとつである自衛隊の「心理幹部」として、自衛隊員のココロのケアを担当してきた現場主義のカウンセラーです。
会社や工場などビジネスという戦場で「長時間」ではなく、「長期間」健康に戦い続けるための秘訣とは? まずは、現場で働く人のためのお話から!
戦う人のメンタルこそが勝敗を決める
——そもそも、自衛隊の「心理幹部」とはどんな仕事ですか。
下園壮太さん(以下、下園):そうですね。ではまず、戦争の勝ち負けはどこで決まると思いますか? 答えは、兵士が「負けた」と思うかどうかなんです。
アメリカとベトナムが戦ったベトナム戦争では、軍事力ではアメリカ軍が圧倒的に優勢だったのに、ベトナム兵士が降参しなかったので20年にも及ぶ長期戦になりました。結果、「負けた」と思わなかったベトナムは、世界で唯一アメリカに「負けていない」国になりました。
戦時下の日本軍では精神論が幅を利かせ、体力的や精神的に弱音を吐く者はとても嫌われたため、兵隊たちはつねに無理を強いられていました。人は疲労もするし、弱ってくれば病気にもなりやすいにも関わらず、です。そのため、第二次世界大戦での日本軍の戦死者の6割は病死だったと言われています。
そこで、現代になって心理学も含めもっと理論的に自衛隊員をケアし、「長期間」心身ともに健康に働ける状態を作っていこうと生まれたのが、この「心理幹部」というポストで、その第1号が私です。
現在、世界各国でも多くの予算をかけて、兵士のメンタルケアに力を注いでいるんです。
心理幹部がおこなう独自のメンタルケアは「情報で癒やす」こと
——具体的には過酷な現場にある自衛隊員のメンタルを、どうやってケアしているんですか?
下園:「戦場」というのは非常に過酷な場所なので、あっという間に体力もメンタルも消耗してしまいます。そのときに、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などにならないようケアをするのが我々心理幹部の仕事で、そのひとつが「情報のケア」です。
悲惨な出来事が起こると、人はその現場には近寄れないものです。これは極めて原始的な反応で、原始時代は近くに遺体があると、近くに猛獣や猛毒などが存在することを意味していました。その記憶は現代人にも残っていて、拒否反応が起こるのは生き物として自然なこと。災害派遣などの現場では、拒否反応をする隊員に「あなたに勇気がないわけじゃないんだよ」と伝えた上で、見通しを立てるようなケアをしていました。
これはあくまで一例ですが、災害派遣や事故現場で起きるさまざまな症状に対して、適切なコメントと対処を提供することが、「情報で癒す」というスキルです。
肉体労働も蓄積すれば「うつ」を招く
——ところで、工場タイムズ読者の多くは製造業など、体力を使う仕事をされている方が多いです。自衛隊も瓦礫撤去など厳しい労働がつきものですが、肉体労働とメンタルヘルスに因果関係はありますか?
下園:はい。肉体的な労働はあまりメンタルに関係ないと思う方も多いようですが、人間の疲労度は3段階に分けられ、疲労が蓄積すると、同じ肉体労働でもダメージが違っていきます。
まず、「1段階疲労」。これはぐっすり一晩眠れば回復する、いわば「通常モード」です。
次が「2段階疲労」。「しっかり寝たはずなのに、朝、体が重い」と感じる人は、蓄積疲労の第2段階に陥っているかもしれません。同じ出来事でも疲れやすさも通常モードの2倍、回復にかかる時間も2倍必要になります。不眠やだるさといった不調のほか、イライラなどメンタルにも変化が訪れてくるのです。
つまり、肉体的な労働でも、疲労が蓄積すればメンタルヘルスにも悪影響が出てくるんですよ。
そして「3段階疲労」ともなると、本格的な病気の兆候が現れていくのです。長期間働き続けるためには、第2段階でいかに回復するかが重要です。
肉体労働で消耗しているのは体だけじゃない!
——確かに、疲れがとれないとイライラしてきます。
下園:さらに、一言で「肉体的な労働」といっても、体を動かすことに限らず、感情を使う人間関係や気象条件でも、疲労は蓄積していきます。
同じ内容の労働をしていても、転勤で人間関係が変わったり、嫌な上司がつけば感情を動かされ、精神的に多くのエネルギーを消耗します。目に見えないぶん軽視されがちですが、不安なときは動悸がするように、実際にエネルギーは消耗されているのです。
同様に、暑いと多量の汗をかいたり、寒いと震えたりしますよね。これもエネルギーを消耗している証拠です。
中でも現代人がいちばん消耗するのは感情、つまり人間関係。自衛隊のイラク派遣(平成15〜21年)でも、隊員の最大のストレスは、実は人間関係でした。ただ、肉体的な労働をしている方はそうした「目に見えない消耗」に意識がいきにくいため、対処法を誤ってしまうリスクが高いといえるでしょう。
——誤った対処法とは、なんですか?
下園:肉体的な労働をしている方は体を動かすことに喜びを感じやすい人が多いため、気分転換として、激しいスポーツなどをしてしまうんですよ。でも、楽しいことでも、活動していることに変わりはありません。
通常モードであれば問題ないのですが、(蓄積疲労の)第2段階に入ったら、さらに疲れを蓄積させます。
その他、気分転換でありがちなのがお酒とインターネットですが、いずれもやりすぎると睡眠の質を下げるので逆効果です。
どうやって疲労を回復すれば良いの? 下園流「最高の休み方」を教えます
何もしない「お家入院」のススメ
下園:疲労回復にもっとも重要なのは「何もしないこと」。私がよく言うのは「お家(うち)入院」です。これは、入院生活を自宅で再現するもので、ゲームをしても21〜22時には消灯。また、気分転換と言って激しい運動をしたり、遠出をしたりはしない。
特に肉体労働系の人は休みベタな人が多いので、疲労の第2段階に入ったら「お家入院3日間」をオススメします。
——強制的に自分を休ませることが大事なんですね。
下園:はい。それから疲労の第2段階になると、嫌なことを忘れたり眠るために、たくさんお酒を飲んでしまいがちですが、これは睡眠の質が下がる原因になります。
そのため、自衛隊時代もお酒に変わるストレス解消法を身につけておくよう、常に自衛隊員に言っていました。
「おだやか系」趣味がメンタルをキープする
下園:おすすめは「おだやか系」の趣味であること。活動しすぎては逆効果ですからね。
映画、読書、音楽、俳句…。写真もいいでしょう。ただ、インスタグラムなどのSNS疲れに要注意です。どうしても体を動かしたいなら、ヨガやストレッチなどリラックス系のものを。そのほか、ジャグリングやリフティング(サッカーボールなどを地面に落ちないよう蹴り続けること)もいい気分転換になりますよ。
下園壮太さんいわく「肉体も精神も消耗するエネルギー源は同じ」。
朝の目覚めが悪くなったり、お酒の量が増えてきたら、見えない疲労が蓄積されたサインかも。そんなときは勇気を持って「何もしない」こと! これが疲労にもっとも効果がある「最高の休み方」で、ビジネスという戦場で「長時間」ではなく「長期間」健康に戦い続けるための秘訣なのだそうです。
今回は、現場で働く人に向けたお話を伺いましたが、次回は、そんな現場をまとめるリーダー向けに、「負けないリーダーシップとは何か」を伺います。
取材・文/吉田知未、撮影/五十川満、イラスト/松本充代、インフォグラフィック/小久江厚(ムシカゴグラフィクス)、編集プロデュース/藤田薫(ランサーズ)