町の小さな鉄工所を舞台に、そこで働く個性あるキャラクターたちを人情味たっぷりに描いた漫画「鉄工所にも花が咲く」が、昨年12月太田出版より発売されました。作者で広島出身の野村先生は、この作品以外にも人気漫画誌に多数の連載をもつ売れっ子漫画家です。
【外部サイト】野村宗弘『鉄工所にも花が咲く』特設サイト – 太田出版
そんな先生の、若き日の実体験に基づき描かれたこの作品は、随所にマニアをうならせる描写と、人への優しさを感じさせるストーリーが、目の厳しい漫画ファンの間でも話題になっています。
今回工場タイムズは、野村先生がこの作品に込めた思いや、溶接工時代のお話をお伺いしました。このインタビューを読めば作品が読みたくなること、溶接にチャレンジしてみたくなること間違いなし! ぜひお読みください。
「生きていくために必死だった」プロ漫画家への夢の挫折がこの作品を生んだ
「鉄工所にも花が咲く」は、先生が25歳のときに就職した鉄工所での経験が物語のベースになっていますが、どのような経緯で鉄工所に勤めることになったのでしょうか?
「子供のころから漫画が好きで描いていて、20歳くらいから5年間はプロをめざしており、バイトをしながら作品を出版社へ出していました。デビューのチャンスも何度かあったんですが、いろいろな事情があり、一度プロになるのを断念、職業訓練校で溶接の技術を学んで鉄工所に就職しました。当時は漫画を描いてばかりで社会人経験もなく、技術もあるわけではなかったので『なんとかしがみついてお金を稼がねばならん』と必死でしたね。」
なるほど。生活のために稼がねばならないというシリアスな状況だったのですね。その鉄工所で本作に出てくる塗装職人の金山さんというおばちゃんや、中国人のチン君に実際にお会いになったんですよね?
「おばちゃんのモデルになってる方は、とにかく理不尽で怖い人でした。言葉になっているならまだいいんですが、仕事が邪魔されたりすると、とにかく声にならないどなり声をあげて怒るんです。こちらに非があるときならまだしも、作業上どうしても塗装を汚さないとできない時でも怒るんで本当に大変でした。
でも僕の子供が生まれたときに、笑顔でクシャクシャの二千円をお祝いにくれたりして本当にビックリしました(笑)。そんなふうに優しいところもある人だったんですよね。そもそもこの作品のなかでどうしても描きたかったのが、このおばちゃんなんです。」
「漫画に登場するキャラなら救える」この物語で描きたかったテーマ
この作品を読んでいると、いろいろなキャラクターが仕事をまじめにこなしながら精一杯生きている様子が描かれていますね。作品は実話が3割くらいだとお聞きしましたが、どこまでリアリティと物語とのバランスを取られていますか?
「リアリティを出したい、とかはそれほど意識していないんです。リアリティを描けば描くほどリアルには勝てないですからね。それなら逆にファンタジー的に崩して描く、というスタンスのほうが自分に合っていると思います。」
なるほど。その漫画論的な感覚が作風になるということなのですね。とても興味深いです。ところでこの作品には、人への深くて優しい目線が感じられるのですが、描くにあたって意識したことなどはありますか?
「作品で読者を救いたい。と言われたりしますが、僕なんぞがおこがましいと感じてしまってできないんです。その代わり、作品の中に出てくるキャラクターなら救うことならできる。いまの世の中って、他者に対して厳しくて優しくないことが多いから、救いようもない生活をおくる『弱者』というような立ち位置に無理やり立たされる人が増えてきていると感じます。
広島で『たいぎい(めんどくさい)』という方言があって、みんな仕事はするんだけど、そういって文句を言う。『どうせ仕事はしっかりやるんだから文句ぐらい言わせろ』というニュアンスなんですが、そういうことすら許す優しさや余裕がないのが最近の風潮じゃないかな。
じゃけえ(広島弁で「だから」)、僕はそんな世の中でも必死にがんばっている人や、周りから責められている人たちをキャラクターとして描くことで、せめて物語の中では救いたい、そう思って漫画を描いています。この作品も含め、僕の漫画のテーマは全てこれなんです。でもだから売れないんですけど(笑)」
いやいや、今も含め、そんな世の中だからこそ、先生の描く漫画が求められてくると思います。ところで先生の作品、ストーリーはどうやって作られていくんでしょうか?イメージやストーリーが最初から最後まで描く前に決まっているものなのですか?
「先が気になる!というような展開が先にすすむ『縦軸』のストーリー仕立てで、読者の心を誘導するような描き方もいいとも思うんですが、僕はどちらかといえばそうではないんです。
例えば作品の中に、花火をテーマにした物語があります。長年連れ添った老夫婦の話ですが、それも最初から決まっていたわけではなく、花火を見に行って印象に残ったので、花火をテーマにしてストーリーを描き上げたんです。
このように、点が線になっていくという縦軸のストーリー展開よりも、あるテーマを拡げていくというような横軸のストーリー展開のほうが好きですね。それはまさに、僕が経験してきた溶接の仕事にも共通するところがあるんです。」
「いいモノを作りたいという誇りが大事」ゴッドハンドの従業員が教えてくれたこと
そうそう、本作では人情ドラマのほかに、溶接や鉄工といった仕事の内容についてかなり細かい描き方をされていますよね。先生が経験された溶接の仕事について聞かせてもらえますか?
「僕が働いていた工場では産業用機械を主に製作していたんですが、家畜の寝床に使えるようにワラを粉砕することもある機械を造っていました。
僕の師匠にあたる人が、本当になんでも手で作ってしまう人でした。とはいえ、お客さんは細かい技術や図面のことなどは分からないので、図面に起こされたものを作ってみるしかないんです。しかしいわゆる『ライン作業』は一切なく、1台1台すべて仕様が異なるので、ケースバイケースで一人1台、機械の製作をすべて任されるのです。責任は重いですが、つくる楽しさはありました。
溶接の仕事はまさに作品の中で語られている『でかいプラモデル』という感じです。図面担当の人と喧々諤々のやりとりをしながら作ってみたら、扉が開かないなんていうケースもあったりして、そうなると大残業になるんです(笑)。」
「師匠は怒るとボルトなんかを平気で投げつけてくるような、これまた怖い人でした(笑)。技術を丁寧に教えてくれるわけでもなく、ある日突然『オマエこれやってみろ』と命じられる。そこで必死に作るとそれについてボロクソ言われる、たまらんですよ。
けれど僕も『そんなもん作れるわけないでしょうが!』と結構言い返したりながら、作らなきゃ商品として出せないんだ、と必死に技術を覚えて作りました。そこでいいモノができると褒めてくれるんです。それが嬉しくて続けてこられたのかもしれません。」
うわー怖そう・・まさに師匠は昔かたぎの職人さんだったんですね。
「それがまたおもしろいんですが、そんなにカッコいいものでもない感じなんです。師匠は常々『俺は職人じゃなく従業員じゃけ、与えられたことをすればいいんじゃ』と、あくまでも自分の立場を誇るようなことは一切言いませんでした。
それなのに与えられた課題について徹底的に考えぬいて、凄い技術で凄いものを作ってしまう。それがまたカッコよく見えたんです。職人さんと言われる人たちって、結構恥ずかしがり屋が多くて、自分のことを職人とは呼ばないケースが多いような気がしますね。
彼らの多くは『ただ自分が生活のためにやっているだけでみんなにもできるはず』と思っているんですが、実際はそうじゃない。本当にすごいんです。そこがカッコいいと思っていますし、今回の作品ではそういったキャラクターとして描いています。」
「好きに生きればいい」がんばって生きる人達に向けたメッセージ
ここで取材場所を提供してくださった飯田工務店さんから、久しぶりに溶接をやってみますか?と言われた先生、テンションが急上昇。場所を変えて溶接が始まりました。
分厚い鉄板が真っ赤に焼け、ピッタリとくっつく様子を見ていると、まさに溶接という仕事は、モノづくりが好きな人にとってはたまらない「でっかいプラモデル作り」だと実感します。
こうして久しぶりの先生の溶接は無事終了。「腕はなまっていない」と飯田社長の太鼓判も出ました。
では先生、最後の質問です。この作品を通じて読者に伝えたいメッセージをいただけますか?
うーん、なんだろう…『好きに生きたらいいんじゃね』ということですかね(笑)。
ふ、深すぎる・・。
自分に生きる術を与えてくれた溶接作業を、何十年ぶりかで嬉しそうに行いながら、読者のみなさんに送ったこの言葉。
他人から見れば、たとえ厳しい状況であっても、自分のモノづくりや仕事への情熱を捨てずに頑張っている姿を人は見ているし、そこには必ず喜びや癒やし、救いがある。だからこそ、制約が多い窮屈なこの社会で、あまり気負いすぎず、自分が選んだ道を好きに生きていけばいいという先生なりの敬意であり、優しさ、エールなんだと感じました!
野村先生、ありがとうございました。これからの作品も楽しみにしています!
鉄工所を流れる時間は、どこか悲しく美しい――。高齢の塗装職人、熟練の溶接工、中国人労働者…一癖ある人たちが織りなす、毎日の物語。
取材・文:工場タイムズ編集部/写真:工場タイムズ編集部
取材協力:有限会社飯田工務店(神奈川県川崎市)