いま話題の「あだち工場男子」。
モノづくりの街、東京・足立区内の製造業の若手男子たちがイキイキと働く姿を切り取った写真集は、カッコイイの一言。新聞やテレビなど各種メディアに取り上げられ、すぐに増刷されるほどの人気ぶりです。
同じく製造業で働く人々を応援する工場タイムズとしては、そんな魅力的な働く男たちをほっとけない!ということで、写真集を制作した「しまや出版」様にご協力いただき、新企画をスタート。写真集で紹介された工場男子たちの仕事ぶりと合わせ、モノづくりの魅力を深掘りします!
第1弾は「金属プレス加工男子・尾頭孝幸(おがしらたかゆき)」さん。板状の金属(材料)などからさまざまな製品を生み出す金属プレス加工、その技術や面白さなど、製造業に向ける想いを教えてもらいました。
そもそも、金属プレス加工って?
金属の加工には、研磨や切削など様々な種類がありますが、「金属プレス加工」は一対の金型に金属の材料を挟み込み、プレス機の圧によって求める形に成型する加工です。まず穴をあけ、次に曲げるなど、連続した加工もできるため、形が複雑な製品にも対応可能。
上の動画(出典:トミテックHP)のように、金型に金属の材料が送られていくうちに、次々にプレス加工が施され、製品が仕上がっていく様子には、思わず目がひきつけられます。
こうした順送タイプのプレス加工は大量生産向きなので多くの製造分野で使用され、日本のモノづくりの産業を支えています。一方で、製品の形が複雑になるほど、緻密かつ精巧な金型が必要となり難易度の高い加工法です。刃物(パンチ)、保持部(プレート)、治具・補助部(ガイドやバネ)などのパーツで成り立つ金型には、繊細な技術と工夫が詰め込まれているのです。
尾頭さんが“工場男子”になったきっかけ
尾頭さんにとって、金属プレス加工の仕事は家業でもありました。学生のころはアルバイトとして携わっていたという尾頭さん。社会人時代は、まったく違う不動産業界に就職しました。
「いずれ家業に戻るな、という想いはありました。でも不動産の仕事にものめりこんでいて。賃貸売買の営業職でしたが、宅建の国家資格も取得しましたし、面白さも感じていました」
転機が訪れたのはお父様でもある前社長が退任することになったとき。とはいえ製造業全体が落ち込みを見せているなか、会社にも逆風が吹いている状況での難しい決断でした。
「大変な環境だとは思いました。でも子供のころから働く姿を見ていた会社の仲間たちと一緒に会社を盛り上げたい、という気持ちのほうが強く、転職を決心しました」
そんな尾頭さんが改めて会社の業務を見直したとき、あるポイントに気づきます。
「金属プレス加工がメインの会社だったのですが、金型は外注に頼ることも多かったんです。金型のすべてを自社で製造できれば、発注費用も圧縮できますし技術の幅も広がります。そこに自分なりの会社の未来と可能性を見出しました」
その実現のために必要だったのがワイヤー加工の機械。それまでも金型を作ることはできたのですが、精度の高いものに仕上げるには労力も時間も必要になります。ワイヤー加工の機械などを導入すれば、経費も時間も節約できると考えたのです。
ワイヤー放電加工機や3D-CADなど新設備を積極導入
ワイヤー加工に使用する「ワイヤー放電加工機」は、直径0.05~0.3mmのワイヤー(主に真鍮製)を電極にして、放電によって加工対象の金属(電気を通す「導電性」のある素材)を溶かし加工する機械です。ワイヤー自体が金属を直接切るのではなく、そこから放電される電気スパークによって素材を溶かして切断するため、極細のワイヤーが利用されます。電流の量によって加工面の仕上がりが違うため、最初は高い電流で荒く削り、仕上げは低い電流でなめらかにするなど、数回に分けて作業を行います。
そうした工程は加工槽に満たされた加工液(イオンろ過された水)の中で行われます(浸漬式/どぶ漬け)。加工液を拭きかけながら作業する吹き掛け式にくらべ、どんな形状の製品でも安定して加工液が途切れないため、複雑な形の製品加工にも向いています。
複雑なパーツで構成される金型の設計のために3D-CADも導入。立体的な図面で確認することが出来、パーツのかみ合わせなど設計ミスの防止にも役立っています。自動化することで、作業中に機械につきっきりにならなくて済むようになり、その時間を他の作業にふりわけられるようにもなりました。
「もちろん技術者でなくてはならない加工もあります。金型はいくつものパーツが組み合わさっているので、例えば、刃物と刃物を通す穴が大きすぎず狭すぎず、絶妙なサイズにしなければならないときなどは、機械の加工だけでは難しい。その仕上げは技術者の手にゆだねられます。私もそうした職人技については、これからどんどん磨いていきたい。
でも機械でできる部分は機械に任せ、その分ベテランの技術者は職人技が必要な作業に集中してもらうほうがいいし、実際、効率はアップしました。時間に余裕ができた技術者には営業に同行もしてもらっています。以前なら持ち帰るようなお客さんの要望も、その場で回答できることが増えたのもプラスにつながっていますね」
製品の開発設計から金型製作、プレス加工による生産、検査、洗浄、梱包、運搬とすべてを行う一貫体制は、トミテックの特徴にもなっています。
「お客様の注文を受けて単に部品を製造するよりも、全行程を自社内で行っているので、“モノづくり”の魅力をハッキリと感じられます。工程ごとに工夫を重ねてゆくことも難しさを感じますが、その分出来上がった製品への自信や愛着も湧きますね。お客様にもウチのように一貫体制ができる会社は珍しいといわれます」
自社ですべてまかなうことで納期も短縮でき、製造者の顔が見える製品が生まれることから、発注元の企業からの信頼も深まっているようです。
目指すのは他社がマネできない唯一無二の製品
とはいえ、ワイヤー放電加工機などは高価な設備投資。そのぶん徹底的に工夫を重ね、今までワイヤー加工では対応できなかった部品を製作にも挑戦しているそう。順送プレス加工で金属の材料を押さえるための部品(治具)など、今までのワイヤー加工の常識では不可能と言われた金型部品の制作にも成功しました。金型プレス加工でも、それまで難しかった厚さ0.05mmの製品を生み出すなど、職場の仲間とともに困難な仕事にチャレンジを続けています。
「ワイヤー加工も、金型製造だけでなく新しい分野にも進出してゆきます。例えば自社のオリジナル製品も手掛け始めているんです。いま制作しているのは“デザインクリップ”。1枚の厚さが0.3ミリのステンレスになるため、単体での加工は難しかったのですが、複数枚重ねることで安定した加工を実現出来ました。ワイヤー加工機も遊ばせるわけにはいけませんから、金型製作以外にもどんどん活用しないと!」
ワイヤー加工機や3D-CADの導入以来、その技術担当を尾頭さん自身が受け持っています。常日頃から自らが担当する仕事の作業履歴や加工法、工夫した点などを細かくノートにとり、見直して改善に役立てているそう。自動化された分、途中で発覚するミスが致命的になるため、設計や加工準備の段階から小さなことでも確認を怠らないように心がけています。あくまでも機械は機械。こうした尾頭さんの細やかな仕事ぶりが、機械の活用の幅を広げているといえそうです。
尾頭さんの仕事ぶり、会社の仲間の証言
尾頭さんの入社以来、社内の雰囲気も変わってきているようです。若い社員も多いので、各々の技術者の技能は共有され、分け隔てなく知識が学べ、全行程が把握できるような仕事のやり方に変えているそう。アイデア出しから実行まで、誰もが主体的に取り組める仕組み作りが進んでいるのですね。
そんな尾頭さんのことを職場の仲間に聞いてみると
「新しいテクノロジーと職人的な技の融合に前向き」「明るく、コミュニケーション能力が高い。分け隔てなく接してくるムードメーカー」「末っ子キャラ的なさびしがりやな面もある」「サーファーなのに、サーファー体型でないw」
など、仕事への前向きな姿と、愛されるキャラクターが浮かぶ証言が。上司からも
「責任感をもって仕事に向き合っている。気遣いや心配りもでき、関心させられる」「知ろうとする姿勢と実行に移す力がある。若い世代なのに職人気質的」
と、尾頭さんの仕事に対する姿勢は社内でも評判のようです。
「トミテックは創業58年の信頼と経験、技術があります。若い力とベテランの知識をどんどん融合して、柔軟性のある会社になってきました。自由に発言できる空気も生まれているので、そうした強みをどんどん伸ばしてゆきます」
- 8:30
- 朝礼で各自の仕事を共有社内打合せ
- 10:00
- 休憩
- 10:15
- ワイヤー加工の段取り~加工スタート
- 12:00
- 昼休み
- 13:00
- 作業現場の作業について問題点などの共有
- 15:00
- そのほかの加工作業や、夜に動かすワイヤー加工の段取り
- 15:15
- 午後の作業スタート
- 17:30
- 退社
『あだち工場男子』は、東京都足立区の製造業で活躍する26社、29人働く男子が登場する写真集。足立区は東京都23区内で大田区についで製造業が2番目に多く、知る人ぞ知るものづくりエリア。作業時の真剣な眼差し、ほっとひと息ついたリラックスした表情など、工場男子がイキイキと働く姿から、魅力あふれる製造業の様子が伝わる写真集です。
株式会社しまや出版 (著), 東京商工会議所 足立支部 (編集) ¥1,620-
取材・文/工場タイムズ編集部 写真/人物:あだち工場男子(永井公作)、01・02・外観:株式会社トミテック、03〜06:工場タイムズ編集部