東京・足立区内の製造業の若手男子たちが、ものづくりに挑む姿を切り取った写真集「あだち工場男子」。新聞やテレビなど各種メディアに取り上げられ大注目されています。
そんな魅力的な工場男たちを、写真集を制作した「しまや出版」様にとのコラボレーションで始めたこの企画。紹介された工場男子たちの仕事ぶりと合わせ、モノづくりの魅力を深掘りします!
第2弾は「樹脂加工男子・大村賢二(おおむらけんじ)」さん。平板や棒状(丸棒)の樹脂(アクリルなどのプラスチック)素材を、刃物を用いてさまざまな形の製品を仕上げていく工場で働く大村さんを通して、樹脂切削加工の仕事の魅力や技をご紹介します。
そもそも、樹脂(プラスチック)加工って?
樹脂というと、主に天然樹脂(天然ゴム、アスファルトなど)や合成樹脂(いわゆるプラスチック)の2つに分けることが出来ます。熱などでやわらかくなり、いろいろな形に加工しやすい樹脂はフレームや部品などのパーツの製作に最適。製造業では大活躍の素材といえます。そのため天然樹脂以外にも、活用の幅の広さから多様な合成樹脂が開発されています。
加工(成型)方法も実にさまざまで、押出し加工・射出加工・研削・研磨加工、鋳造加工、レーザー加工などがあり、目的に応じた方法で製品が生み出されます。
そのなかでも、大村さんが勤めるオーエムは刃物(切削工具)によって、製品を仕上げる切削加工をメインに手がける会社です。アクリルやポリカーボネート、テフロン(フッ素樹脂)などの素材から、工業製品や部品・医療製品・店舗什器などを仕上げます。ほかにも曲げや接着加工、彫刻やバフ(研磨することで鏡面状に美しく仕上げること)など、完成品までの一貫した加工を手がけているのも特徴。スタートアップ企業などの販促物やデザイナーが考えた商品など、アクリル加工に詳しくない方に対しても、素材選定から加工方法などを提案するなど、発注者に寄り添ったものづくりを得意としています。
大村さんが“工場男子”になったワケ
「頭の片隅には家業だったオーエムでの仕事を継ぐことになるだろうな、と思っていました」
という大村さん。ところが、学生時代から理系だった大村さんは、大学では工学系でも機械工学ではなく、情報工学でプログラミングの専攻をすることになります。
「でも、学んでいる途中でプログラミングのようなある意味“無形”のものではなく、実際に自分の手で生み出す“有形”のものづくりに魅かれる自分に気がつきました。子供のころから職人さんたちの仕事を見ていたこともあったからでしょうか」
大学の途中で機械工学に専攻を切り替えた大村さん。もともと高校でも機械科だったため、しっくりときたのだそう。大学を卒業後、オーエムに入社しました。
「やはり頭の中で考えている“モノ”が、加工することで実際に目に見える形で作り上げられていくことに魅力を感じましたね」
入社後はさっそく作業現場へ。切削加工は仕事としては未経験でしたが、周りの職人さんに教わりながら、少しずつ技術を身につけてゆきます。
「熟練の職人から教わるのが一番ですね。昭和初期から続く会社なので技術の蓄積もありましたし、それを受け継ぐ職人さんたちも周りにいました。職人といっても話をしやすい環境だったので、OJTでまずは先輩の職人さんから話を聞き習い、見て盗みながら覚えてゆきました」
仕事は失敗から学ぶことも多い
そんな大村さんも、すべてが順調に進んだわけではありませんでした。最初は慣れずに手を切ったりと、失敗も多かったそう。そして仕事にも少し慣れてきた入社数ヵ月後のある日、大失敗を経験します。
「加工工程のひとつ、機械での切削を担当していたのですが、図面の寸法を見誤っていたんです。おかげで2000個以上の製品をダメにしてしまいました。もう周りの人からめちゃくちゃ怒られて・・・」
機械にかける際に、治具(加工の際に部品や工具の位置を指定するもの)の設定を間違ったサイズにしたまま加工。次の担当に渡す際にミスが判明したそう。大村さんが担当していたのは途中工程の加工作業だったため、すべてを最初からやり直すことになってしまいました。
「その失敗で、図面はもちろん機械の設定や刃の選び方など、加工作業前のチェックは念には念を入れてやることが身につきました。製品を生み出すにはさまざまな加工を組み合わせていて、それぞれ担当者が違います。連携プレーなので、その工程の1つひとつでミスが許されません。頭ではわかっていたことも、しっかり体に染みこみました」
切削加工のすべてを学び、新しいチャレンジへ
大村さんもこの仕事に携わって8年以上。削る、曲げる、磨く、接着するなど、すべての加工を学んできました。とはいえ、まだまだ学びの日々だそう。
「多種多様な製品の要望が来ますから、毎日が勉強です。その都度、自分の経験や周りの職人さんのアドバイスを取り入れながら、どのように工夫すれば難題を乗り越えられるかを考えています」
切削加工ひとつをとっても、扱う機械や技術はたくさんあります。会社で使用しているものでも、旋盤(樹脂を回転させ、バイトと呼ばれるノミ状の刃物で削る機械)、フライス盤(ミル状の刃物を回転させ樹脂を加工する機械)など人の手を介して作業するものから、NCルーター(NC=数値制御で自動的にくり貫きや溝などの加工を施す機械)など自動化されたとはいえ動かす知識の必要な最新の機器まで多様です。
「機械に限らず、仕上げのバリを取る作業など手の感覚に頼る仕事も多いので、やはりコツコツと経験を積み重ねていくことが大切です」
ひととおりの仕事を経験した大村さんは、いま、営業として発注先へ出向くことも増えています。
「自分は営業向きではないと思いましたが、だんだん慣れてきました。素材や加工のことがわかっているので、その場で提案もできるのは強みです。作業現場だけだと技術については深まりますが、営業として外に出ることで視野が広がったと思います。得意先のニーズを聞くことや、展示会での人との出合いの中から、樹脂の新しい使い方や可能性が見えてきましたし、未来を実感することができます」
樹脂の可能性を広げる自社ブランドの製品
大村さんが語る樹脂の未来のなかで、すこしずつ形になってきたものもあります。デザイナーやクリエーターなど異業種の人たちからの仕事の依頼も増えつつあり、これまで担っていた工業製品とはひと味違う商品も生まれています。なかにはデザイナーの依頼で、MoMA(ニューヨーク近代美術館の愛称、美術館が手がけるブランド名)のミュージアムショップでも取り扱われる製品を請け負うなどアートなプロダクトを手掛けることも。
自社オリジナルの製品も進んでいます。「btrail(ビートレイル)」は溝のついたブロックを組み合わせ、工夫しながらビー玉をくぐり抜けさせる道を作る知育玩具。アクリルの透明感のある美しさを引き出す加工は、職人の技をもつオーエムならではの製品です。
最近生まれたのが「Bamboo(バンブー)」。チューブ状のアクリルにスマートフォンを差し入れるだけで使用できるスピーカーです。電気どころか振動版もいらないスピーカーは、筒の形状だけで音を増幅させています。まさに町工場の技術力が活かされた製品です。
「工業部品だけだと縁の下の力持ち的に工業製品の目に見えない場所に使用されるので、ふだん自分たちの仕事の成果を目にすることは少ないといえます。でも店舗デザイナー特注のオリジナル什器などは、実際その店舗で見ることができ”ものづくり”の実感がわきます。今は1歩進んでデザイナーズ製品や自社オリジナル製品にも取り組んでいるので、手ごたえをいっそう感じますね」
大村さんの仕事ぶり、会社の仲間の証言
大村さんが社内で力を入れているのは“技術の共有”。
「1人1技ではなく、みんながすべての技術を持つことを課題として取り組んでいます。多様な加工技術を身につけた人が増えれば、全体が見られるようになり、新しい製品のアイディアが生まれるチャンスも多くなると思います」
そんな大村さんのことを、会社の仲間に聞いてみると
「いい意味で“軽い”。気持ちの浮き沈みが少なく淡々と仕事をやりきる」「作業を行うプレイヤーでありながら、マネージメントもこなす」「背中で語るような職人気質もある」
と、仕事に対するひたむきさと責任感を感じられるコメントが。穏やかで話しかけやすい人柄もあって相談しやすいなど声もあり、チームワークよく働いている職場がイメージできます。
「ウチは若手からベテランまでバランスよく揃っているので、お互いわからないことがあれば聞きあえる環境が生まれています。依頼される製品が多様で工夫が必要ですし、新しくオリジナル製品を立ち上げたり、日々いろいろなことにチャレンジしています。一人ひとりが考え、活躍できる会社になってきていることが強みになっていますね。
『足立ブランド』という区内の企業の優れた製品や技術を認定する制度の指定も受けました。最近では±0.05内の精度で仕上げたアクリル製品を生み出すこともできました。樹脂製品はバラつきが出やすいのでJIS規格でも金属加工ほどの精度は求められていません。±0.05というのは金属加工並みの精度ということになります。
これからも長年蓄積してきた技術を活かして、メーカー企業はもちろん、個人の方や大学など研究開発関係の試作品製作など、さまざまな分野で頼られる会社であり続けたいと思います」
- 8:30
- 朝礼で各自の仕事を共有担当の加工作業店舗什器の仕上げチェック
- 12:00
- 昼休み
- 12:45
- 営業先まわり戻って午後の作業の段取り
- 15:00
- 休憩
- 15:15
- 午後の作業スタート
- 17:00
- 終礼
- 17:15
- 終業
『あだち工場男子』は、東京都足立区の製造業で活躍する26社、29人働く男子が登場する写真集。足立区は東京都23区内で大田区についで製造業が2番目に多く、知る人ぞ知るものづくりエリア。作業時の真剣な眼差し、ほっとひと息ついたリラックスした表情など、工場男子がイキイキと働く姿から、魅力あふれる製造業の様子が伝わる写真集です。
株式会社しまや出版 (著), 東京商工会議所 足立支部 (編集) ¥1,620-
取材・文/工場タイムズ編集部 写真/人物・02:あだち工場男子(永井公作)、製品写真・外観:株式会社オーエム、01・03:工場タイムズ編集部