葛飾区の杉野ゴム化学工業所の杉野社長が発案、当初は「できるはずがない」と嘲笑されながらも、情熱と度重なるチャレンジの末に完成、世界最深部の約8,000メートルでの深海撮影にも成功した初号機「江戸っ子1号」。
そして2014年、葛飾区の”川をきれいにする会”で「川底を探索したい」という要望をある人から聞いた杉野社長は、さらに小型化した二号機の制作を葛飾区内の5社でとりかかり始めました。
用途は海から川へ。待ち受ける新たな試練
「川で使えるように、小型機の制作ならそんなに難しくないと思いきや、そのうちいろいろとした要望が増えてきて(笑)。結局そこでも各メーカーさんの協力で、カプセル型の内視鏡カメラを組み込んだり、重さを抑えるために光ケーブルを採用したり、また試練の日々がはじまりました。さらにフタを空けてみれば、お願いされた社長さんには『お金がない』と。途方に暮れましたね(笑)。」
新型機の開発は海に比べれば簡単かと思いきや、川の流れの問題や、さらに小型化したカメラや耐圧容器の仕様、ケーブルの問題、そもそもお金の問題など、またまた異なる問題が多々出現。
そこでもチームは持ち前のチャレンジングスピリットを発揮し、数々の難関をクリア。その技術を海底1,000メートル前後での探索に使用できる二号機に活用すべくプロジェクトチームを結成し、ついに2017年2月、「DOBON(ドボーン)」が誕生しました。
「江戸っ子1号」の開発費用は、最終的には2億円を超えたそうですが、「DOBON」は徹底的なコスト削減に成功。なんと500万円程度までに抑えることに成功したのだそうです!そこには杉野社長の志と情熱、さらには予算の厳しい状況を見かね、カメラやケーブルを破格の価格で提供してくれたメーカーさんほか、いろいろな方の協力があったからこそだと杉野社長は語ります。
こうして多くの人の想いを載せて完成した「DOBON」は、世界の海で活躍するべくこれからも日々の実験と改良を続けていくそうです。
志と強い信頼関係がプロジェクト成功のカギ
こうして「江戸っ子1号」、「DOBON」という2つのプロジェクトを成功させた杉野社長のお話を聞いていると、成功の一番大きな要因は「各々のプロフェッショナルが互いの仕事を尊重しつつ、密なコミュニケーションで築かれた強い信頼関係」なのだと感じ、そのことについて聴いてみました。
すると広報担当の遠藤さんが
「私はメンバーの誰よりも客観的に、広報する立場からこのプロジェクトを見ることができます。なによりこの町工場のオヤジさんたちが壮大なプロジェクトを成功させた軌跡と、そのものづくりの美しさを表現したいと思い、写真などのビジュアルイメージにはとてもこだわりました。」
と話してくれました。遠藤さんが言うとおり、失礼ながら町工場のPRとは思えない写真のクオリティにも驚いたのがきっかけで今回の取材に結びついたわけです。さらに杉野社長が
「私らものづくりの人間は口ベタ、広報ベタなんです(笑)。だからこうしたものづくりの人間が思うことや考えを知らせるのが苦手で、実績や技術を継承できないから、どんどんモノづくりの魅力が薄れてきています。そこでこのプロジェクトには、PRのプロの支援が不可欠だと、以前から仕事のパートナーで地元の仲間でもあった遠藤さんにお願いしたのです。」
と嬉しそうに語ります。親子のような年齢差でありながら、そこには互いにプロとして尊敬しあい、かつ地縁が培った強い信頼関係を感じました。
日本の製造業が成功するカギは◯◯にあり!?
本業であるゴムのコンサルタントとして海外に招聘されたり、国内では年間約40本の講演に招かれたりと大忙しの杉野社長。
しかしこのグローバル化する世界のなかで、中国の製造業の勢いがとにかく凄く、さらにクオリティが高くなっていることに危機感を感じているといいます。
「このような厳しい状況のなか、最近の日本人が忘れてしまいがちなことがあります。それは『やってみなければ分からない』ということと、『夢がないと挑戦できない』ということです。
しかし日本でモノづくりに携わる人間も『いいモノを作れば売れる』という幻想を捨てなくてはなりません。そうしたことを理解してチームを編成し、各自が自分の担当した仕事をしっかりプロとして全うすることが重要だと思っています。
さらにいえば、このチームをしっかりドライブさせるには、私らがよくやっている『下町飲み屋会議』をたくさん開催し、そこで会議ではないコミュニケーションを深めることが何より重要でした。今回のプロジェクトメンバーはみんな葛飾区の自転車圏内に住む仲間なんですが、それが何よりの強みでもあるかもしれません(笑)」
なるほど「下町飲み屋会議」か。さすが下町、人情味があるなあ。
近年軽視されがちな、濃いコミュニケーションの重要性を改めて感じました。
杉野社長の志と情熱でまわりを巻き込み、夢の具現化に成功した「江戸っ子1号」と「DOBON」開発誕生秘話、いかがでしたでしょうか。
今回の取材を通じて、この2つの深海探索機のストーリーには、製造業のみならず、日本人のこれからの生き方に大切な教えがたくさん含まれていると感じました。
これからもこの「町工場のオヤジ」の夢は、留まることなく大きく膨らんでいくというイメージに、大きな希望を感じることができたインタビュー。
がんばれ町工場!がんばれ製造業!がんばれ日本!のエールをみなさんにもお送りして、この取材レポートを終わりにしたいと思います。
前後編にいただきお読みいただいたみなさん、取材協力してくれた杉野社長はじめプロジェクトチームのみなさん、ありがとうございました!
「DOBON」プロジェクトオフィシャルサイト
http://dobon.jp/
「江戸っ子1号」オフィシャルサイト
http://edokko1.jp/
取材・文:柳澤史樹/写真:株式会社 ケイワールド、工場タイムズ編集部/取材協力:株式会社杉野ゴム化学工業所